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飃(つむじ)の啼く……
【ファンタジー 官能小説】

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飃の啼く…第16章-8

「殺してやる!!」

部屋の向こうで飆が言った。その手には、割れた硝子が刺さり、血が滴っている。彼が持っていたのはさっき見掛けた写真立ての残骸だった。獲物を貪り食う獣のように、その写真立てから写真を引っ張り出すと、彼は一目散に部屋の外へ消えた。血走った目には見覚えがある…。誰かを奪われた時、誰かを奪った者を呪う時の飃…いや、狗族の目だ。
「飆!!」
飆を追って飃が部屋を出た。めぐりはただ、亡骸に寄り添い、私には…何もしてやる事は出来なかった。
めぐりにも、めぐりの飼い主だった女の人にも…そして、その人と結ばれるはずだった、飆にも。

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「飆!」
湿った大気に、飃の声が銃声のように木霊する。都会の喧嘩さえ、この霧の中では幻のようだ。アパートからそう遠くないここは、背の高いビルが並ぶ駅前の通りで、行き交う人々が、二人の異様な雰囲気に気付かぬ振りをして足早に過ぎて行った。
「あぁ…あの日もこんな風だった…」
「飆?」
霧を纏った飆の、ダークブロンドの髪が、金と灰色の中間をした彼の目を覆った。
「飃…これが日本で言う、“因果”って奴なんだろう。」

彼の目は憎しみにギラつき、それでも口元には微笑をたたえていた。飃を振り返って見た飆の肩は、笑っているか、泣いているみたいに震えていた。
「因果?」
飆は無視した。
「わかってるよ親父…今度は逃がしゃしない…今度こそとどめを刺してやるから…」
「飆、貴様…何を言っている?」
飃が飆の肩を掴んで揺さぶる。顔から表情が消えた。

「運命だ。」
淡々と、飆の口から言葉が流れ落ちた。
「あの日、“青嵐”に、結婚相手の写真を見せられた時…あの時から、こうなる事は決まっていたんだ。いや、もっと前…親父があの路地で咆哮をあげた時から…」
飃の腕に、飆が手をかけて、ぎゅっと握った。骨が軋むほど強く。
「お前が八条さくらを選んだのには理由があったのか?」
飃の顔は、仮面をかぶったかの様に動かなかった。
「…ああ。」
「そうか…」
飆の表情もまた、不動だった。
「なら、良いんだ。」
飃の腕を掴んだ、飆の手の力が緩む。
「お前が美桜を選べば、死んだのはさくらだったろう…それは確かだ。」
「…何故言い切れる。」
飆の吐いた息が、顔の回りで白く凍った。飆は、ポケットから皺くちゃの写真を取り出した。
「こいつ…」

そこには、美しい夜景を背にして、幸せそうに寄り添う二人の姿があった。一人はもちろん殺された菊池美桜。そして、彼女の肩に手を回して、優しげに微笑む男……
「こいつは…俺から全てを奪うのが趣味のサイコ野郎だ。」

写真に突き立てた爪が、その顔を歪ませる。だが、そうしてはじめて、その男の本来の顔が見えた。
「現存する最後の魔術師であり、1988年8月から一歳も歳をとっていない…そして…」
飆の言葉が、霧に煙る蒼い街に重く沈んでいった。
「こいつがやりたいのは鬼ごっこで、誘われたのは俺だ。」
飆は写真を折りたたみ、コートの胸ポケットにしまった。そして、

「この事件は俺に任せてくれ、飃。」

真っ黒なコートを翻して、飆は霧の中に消えた。


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