Whirlwind-9
「まだ、決めてはいない。正直…俺は、復讐なんぞに興味はないんだ。自分が狗族だとか…仲間がいるとか、今まで意識したこともない…。」
思えば、一人で生きていた。もちろん、心を許せる友達だっていた…しかし、続かない。それは、自分が夜毎見るあの悪夢とも、小さい頃死んだ両親のこととも、その穏やかでない教育方針とも関係が無いことだと…どこかでわかっていた。自分は…人間を相手にしていると…落ち着かない。自分は、人間と同じ次元に生きていないと、何故か直感でわかる。理解させられる。言葉の端、目つきの奥、表情の底に…人間たちが見せるのはいつだって恐怖だった。気づいたのは…十四の時、悪がき共に隠された財布を一分とかけずに見つけ出したときだったか、十歳の時、町のチンピラ相手に喧嘩して勝っちまった時だったかもしれない。或いはその前、ずっと前…頭に狐の耳が生えたお袋が、俺を見る時の顔を見た時から気づいていたんだろう。俺は孤独だと言うことに。
「俺は…他の人間のために戦うのなんてごめんだ。」
女は、俺の顔から目を離さずに、また笑った。何故か、不快ではなかった。
「誰かのために戦う…それが狗族の生き方よ。貴方に居場所がなかったせいで…自分は孤独だと思っているのなら、なおさら日本に来るべきだわ。」
そして、控えめにビールに口をつけた。ぬれた髪をかきあげて、邪魔臭そうにいったん手でまとめて、また離すと、言った。
―他に行くあてもないんでしょう?
「あ?今、何て…」
「貴方、やっぱり気付いていないのね。」
「何に…」
女は、スプリングのとっくにいかれたソファの上で、それでも悠然と伸びをした。
「私たちが狗族の言葉で話している事に、よ。」
「な…?」
でも、俺は狗族の言葉なんて…
「習ってなどいなくても、狗族の血が流れていれば話すことはできる…人間と狗族の合いの子なら話は別だけれど。」
先回りして答えられる。
「なぜ、人間とのハーフではいけないんだ?」
彼女は、ビールの缶で何かのリズムを刻むようにももに当てていた。
「そうね…人間と言うのはある意味で一番厄介な種と言ってもいい。人間は不可侵なの。化け物の血、悪魔の血、神の血…人間の血と混ざればたちどころに中和され、その神性なり魔性なりを受け継ぐのは稀なこと…まぁ、多少なら受け継ぐこともあるでしょうけど…で、ありながら、全ての受け皿にもなりえる。」
「受け皿…?」
「妖怪の子にしろ、神の子にしろ、人間が宿せない種は無いということよ、基本的には。人間の、器としての耐久性は高くないけれど、適応性としては…どんな者にも叶わないわ。」
俺は黙って聞いていた。かけるべき言葉も、挟むべき疑問もなかったから。