社外情事?〜鬱屈飲酒と意外情事〜-12
「楽しくしてくれたお礼、って……」
やはり困惑したまま、台の上に置いた一万円札の束を一瞥する。
「こういう一夜限りの関係って普通、男の方が払わないか……?」
呟きながら、誠司は一万円札の束を手にとる。そして、手紙を片手に改めて一万円の数を数えてから、いつの間にかハンガーにかけてあった自分の上着の方に向かい、そのポケットから取り出した自分の財布に丁寧にしまった。
「レイさんか……一体、なんだったんだろう」
疑問を口にすれど、答えが出るはずもなし。ひとまず誠司はシャワーで汗を流し、そそくさと部屋を後にした。
今日もまた、いつも通りの日常が始まる。
「おはよう」
普段通りの挨拶とともに、タイムカードを機械に差し込む。出勤時間が記録され、機械からカードが吐き出される。それを取って、記録された時間を確認してみた。
――いつもよりも早いが、社員の三分の一ぐらいは出勤している時間だ。
「なんだぁ? いつもより随分早い時間じゃねえか。どうしたんだよ?」
突然、背中に声がかけられる。
「……深山か」
安堵の息を漏らしながら、誠司は振り向いた。その先には彼の予想通り、会社の同僚の一人である深山 健介(みやま けんすけ)が、何か言いたそうな笑みを浮かべて立っていた。
「……昨日は電車に乗り遅れたから、近くで寝たんだよ」
理由が理由なだけに、おおっぴらには言えない。誠司は適当な理由を作って、健介の問いかけに答えた。すると健介は、疑うような目を誠司に向けた。
「本当かぁ?」
「本当だよ」
軽い言葉のやり取りをしてから、彼は自分のデスクに向かう。普段ならこれで健介の追及は終わるはずだが、流石に時間が時間なだけに、デスクまで追いかけてきた。
「お前が電車に遅れるなんて、そうそうないだろ?事故とか事件とかじゃなけりゃ、何で遅れたんだよ?」
「飲み過ぎて寝てた」
――嘘は言っていない。
「……あ、そう。それなら乗り遅れるわな」
健介は頭をぽりぽりとかきながら、つまらなさそうな響きを含んだ言葉を発した。
「随分つまらなさそうな答え方だな、おい」
腰を下ろしながら指摘すると、彼は「だってよぉ…「…」と更に口を開こうとする。いい加減うんざりしてきた誠司は、早々に健介を追い返すべく、先に言葉を続けた。
「こういう話は昼休みにしてくれ。こうしてると大体、課長が文句言ってくるんだよ」
すると健介は、「あー、確かにな」と頷きながら、何故か肩をすくめた。
「ただまぁ、その課長だがな。出社しちゃいるが、今は出払ってるぞ」
「え? いない?」
目を丸くする誠司。
「どうやら、お偉方か何かに呼ばれたらしい。本人は昇進とか何とか言って、鼻高々な雰囲気だったが…」
そこで一拍置いてから、彼は不満そうなため息をつく。
「変な話だよな。働き盛り一人を依願退職に追い込もうとしてる実状があるのに、業績を讃えられるだなんてな……」
「ま、仕方ないさ。課長はその事を除けば優秀なんだから」
特に片付けなければいけない仕事もないが、誠司はとりあえずパソコンを立ち上げる。その彼の発言に、健介はわざとらしくため息をついてきた。
「……お前、よくそんな風に考えられるな」
「好き嫌いは別にして、仕事ができるのは事実だから。……まぁ、俺が今置かれてる状況が成り立ってるのも、そのせいではあるけど」
「……好き嫌いは別にして、かよ。大した考え方だな」
参った、とばかりに健介は肩をすくめた。
「…お前が上司になったら、課全体の業績上がりそうだわ」
「冗談。俺はそんな力量ないよ。第一、依願退職を誘発されてるようなこの状況で、昇進できるような成果を上げられるもんか」
冗談とも皮肉ともとれるような健介の賛辞は、軽く受け流す。それから誠司は小さく息をつきながら、パソコンに向かう。
続いて行うのは、毎日欠かした事のないメールチェック。ボックスを開くと、新しいメールが幾つも受信されている。
その内容は、例えば『頑張ってください』という励まし。
例えば『食事奢るから今日の仕事手伝ってくれ』という依頼。
どれも、誠司が勤務する課の同僚達からのものだ。主に社内業務で利用される社内メールを私事で利用するな、とも突っ込みを入れたい気はするが、誠司が社内でまだまだ必要とされている事の証でもある。