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忘却の日々
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忘却の日々-4

1993/4/18
桜が舞い落ちた。はらはらと、ひとひら。私は今日も、誰かを待っていた。頭上の木には、鮮やかに、桃色の彩色。風に揺れて、さらさらと揺れる。
今日は、一体どんな事が起きるのだろう。
未来に興味は尽きない。
公園の入り口に彼女の姿を見つけ、私は手を振った。
思い出す。私は、彼女を待っていたのだ。
少し頼りない足取りで、彼女は指定席まで辿りつく。
「体調でも悪いの?」
その言葉に、彼女はいつもの笑顔を見せる。いつからだったろうか、その微笑に陰りが見え始めたのは。
「えぇ、少し具合が優れないの」
「無理して来なくても良いよ。ゆっくり休んで直したほうがいいよ」
「だって貴方に忘れられたくないし」
公園の噴水の脇では、真新しいランドセルを背負った子供たちが駆け回っている。その姿に頬を緩ませながら、私は言う。「忘れないよ」
「大丈夫、君のことは忘れない」
くすり、と彼女は笑みを漏らした。「信用できないわ」
彼女はゆっくりと顔を近づけて。
左から右へ赤いランドセル、黒いランドセル。
目の前には、彼女の顔。
「ごめん、できない約束はするもんじゃないね」
誘われるように、唇を。
小さな人影は、笑いながら駆けあって。
「そこは『絶対忘れない』って言うところじゃない?」
いつまでも、いつまでも
彼らは追い駆けあって
私たちはキスをした。
一緒にいられるのだろうか。
彼らには、きっとうんざいするくらいの膨大な時間。
私たちには、瞬きのうちに消えてしまうような僅かな時間。

1993/5/1
何かが足りなかった。
ひとり、その場所に佇んで。
大きな、大きな木のした。
何か大切なものが欠けているような気がした。
味気ない唐揚げ弁当を咀嚼する。昨日も一人だった。一昨日も一人だった。けれど、私はずっと一人だったのだろうか?
『また唐揚げ?』
声が聞こえた。
振り返る。
周りには、お喋りに興じる主婦たちの姿しかなかった。
その中のひとりのおばさんが近づいてきた。
「行かなくていいの?」
「えっ?」
心配そうに、おばさんは言う。
「雫さんのことよ」
シズク・・・しずく・・・雫・・
「あ、雫・・・そうだ」
何かが足りない?
私は馬鹿か?
何もかもが足りないじゃないか。
唯一無二の親友が足りない。
柔らかな笑い声が足りない。
優しく包み込むような愛が足りない。
それは、全てだろう?
思い出した。忘れてはいけない存在を忘れてしまうところだった。
「知っているのですか?」
「知ってるも何も、有名じゃないか。重病の患者が昼休みの唯一の面会時間に無理して、誰かに会いに行ってるのさ。まさか当の本人が知らなかったんじゃないだろうね」
心臓が脈打つ。
どうしてこんなに速く、鼓動が響くのか。
私は駆け出した。近くの病院は、公園から見えるあの建物に違いない。何も思い浮かばない困惑した頭を抱えながら、その場所を目指した。

おばさんは、小さくため息をついた。
彼女は知っていた。いつも二人の会話に耳を傾けていた。
教えないほうがよかったのかもしれない。彼の遠ざかる背中を見遣りながら、思う。
そのほうが彼には幸せだったのかもしれない。
そのほうが彼女には辛くなかったのかもしれない。
けれど、毎日のように二人が腰を下ろしていた場所に視線を向けて、おばさんは考える。
けれど、それではあまりにも報われないじゃないか。
あの幸せそうな二人の時間。
それは確かに存在していた。
自然に忘れゆくよりも、自ら幕を引く。
きっと彼なら、それを望むだろう。
大木を見上げる。
いつの間にか、桜は散り果てていた。
それは何かの終わりと、始まりを告げているかのように。


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