飃の啼く…第4章-5
「つまりだな、こいつが言うには…」
飃が、いまだにしゃべり続けるちいさな狗族を遮って言った。
「こいつの村が、数年前から「やつ」に襲われていたんだが、どうにも手ごわい。そいつは悪趣味なやつで、一人ずつじわじわと殺すんだ。一度撃退しても、何度でもやってくる。俺たちが「武器」を手に入れたのを知って、この間こいつが俺のところに助けを求めに使わされたんだ。こいつの兄貴とは知り合いだからな…己がついてきたのは、こういう理由があったからでもある。」
伝言がうまく伝わったのがわかったのか、彼はため息をついて、飃のすそを引っ張った。
「さくら、明日は自由に行動できるか?」
「え?ああ、たぶん大丈夫…」
「…きっと戦いになる。心しておかねばな。」
飃は、さらにカジマヤと明日の待ち合わせをした。男の子は、飃に何か言い、飃が彼に拳骨を食らわせた。きっと卑猥なことを言ったのだろう。話していることはわからないけど、そういう顔をしていたから。
男の子は、口笛で風を呼んだ。すると、どこからか一陣の突風が森を吹きぬけて…気がつくと後に残ったのは私と飃だけだった。
「飃?」
「ん?」
「海に行ってみたいな」
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そのころ、ふらふらとホテルのホールに戻った、哀れな結城の首筋から、一匹の虫が飛び去った。結城は2,3度瞬きをすると、はて、オレはいったい何をしていたんだろう、と呟いて部屋に戻った。
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海に残っていたのは、何組かのカップルと、すでに立ち去った恋人たちが残した、わずかなごみだった。私たちは、森から誰にも見られないように歩いていき、ぼんやりと、海の向こうに見える夜空を眺めたりした。
飃が、唐突に手を差し出した。ギュッと握る。ちょっと恥ずかしい。
足を洗う波がとても気持ちよかった。飃が、私の肩越しに海を見つめながら、静かな、低い音色で歌いだした。言葉はほとんどわからなかったけど、幾つかの言葉とメロディーから、それが恋人にささげるための歌だと気付いたとき…世界は時間を止め、私は…
私は、この上なく幸せな気持ちになった。
気付くと、私たちは、ホテルからずいぶん遠いところに来ていた。集合時間はとっくに過ぎていたけど、ちょっと見るとまだ海岸にかなりの数の生徒がいる。
後ろから飃が抱きしめてきた。
「さくら…」
「ん?」
「もうほかの男を近づけるな」
「あはは…」
「笑い事ではないぞ。もしお前があそこであの男に屈しようものなら、あそこであの男を八つ裂きにしてやるところだ。」
「私のパワーを見くびってるわよ、旦那様。」
「…そうだな」
飃は笑った。その息が、私の耳をくすぐって、かすかに鳥肌が立った。
私は、波打ち際に座って、飃の腕の中にすっぽり納まっていた。しばらく二人とも黙っていた。でも、きっと考えていることは同じだと思う。