お蓮昔語り〜其の三『血』〜-1
夢を、見ていた。
静かに佇む、懐かしき長身の男性(ひと)。
差し伸べられるその手を掴もうとして、私は必死に己の手を伸ばす。
でも。
どれだけがんばっても、その手に届くことはないままで。
そのうちに。
愛しきその姿は、小さな男の子へと形を変える。
(…あぁ、そうだったね)
思い出す。
あなたと私を繋いでいた絆。
一度は切れたその糸が、再び絡み始めた―――
あの、暑い夏の日のことを。
「…あ、もうこんな時間」
どうやら、うたた寝をしていたみたい。
先ほど、琴が部屋を出て行ってからどのくらい経つのだろう。
開け放たれたままの障子から吹き込む風には、微かに混ざる夕刻の気配。
『また、こんなところで寝ているんですかっ』
…なんて。
懐かしい声が聞こえてきそう。
あの頃も、よくあなたを待ちながら寝入ってしまった私に、あなたは、いつもそう言ってくれていましたね。
『風邪でもひいたらどうするんですか?たかが風邪といっても万病の素です。命は大切にしろと言っているでしょう』
(…フフッ)
思わず、笑みが零れた。
まるで、すぐそこにあの人がいるかのよう。
あの頃――いいえ、もっと遥かな幼き頃から、あなたが繰り返し私に掛けてくれたその言葉。
あなたが助けてくれた命。
守って、生かしてくれた命。
「大切にしていますよ、今でも。―――あなた…兄様」
―――――…
夢を、見ていた。
幼き日、降り注ぐ光の中で温かな母様に纏わりつく小さな私。
傍らで優しい眼差しを注いでくれるのは、背の高い父様。
そして。
「こら、お蓮。そんなにしたら母様が困っているだろう?」
そっと、頭をなでられる。
私は、飛び跳ね回りながら微笑む母様から離れ、その声の主へと力一杯に抱きついた。
受け止めてくれる腕。
大好きな―――兄様。
溢れる笑い声。
幸せだった…あの頃。
「―――あ、気ぃつかれはったんやね」
(…………)
「大事ない?あんたはん、三日も臥せったまんまやったんよ」
重い身体を、無理やりに起こした。
頭の中はぼんやりとしていて、さっきまでの夢の続きから未だ抜け出せない。
父様、母様――兄様…。
「…ここは?」
目の前で、心配そうにこちらの様子を伺う一人の女性。
年の頃は、叔母と同じくらいであろうか。
温和そうなその視線に、私はゆっくりと問いかけた。
「ここは洛外、壬生村。新選組の屯所近く…て言うたらわかりますやろか?」
(新選組…)
「―――そうだ…!私、あのまま…」
抜け落ちていた記憶が、鮮やかに蘇る。
叫ぶ叔母の声。
疲れ果て、動けない身体。
燃え盛る炎。
助け起こしてくれた腕。
―――前を見据える、厳しい横顔。