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お蓮昔語り
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お蓮昔語り〜其の三『血』〜-4

「――――……」
「小泉様?」
私、何かまずいこと言ってしまったのかな…?
急に俯き、黙り込んでしまった様子の彼に、私は不安を覚えた。
「あの、お気に障ることを申し上げてしまいましたのなら謝ります」
「―――いいえ。違う…そうではないのですが」
それにしては、先ほどとはなんだか様子が違う気がする。
「…お蓮さん」
「はい?」
彼は、再び顔を上げて私を真っ直ぐに見つめた。
何かを言いたげな、不安に揺れるその瞳。
「―――…?」
流れる、沈黙。

…あれ、ちょっと待って。
この方、私が名乗る前から『お蓮さん』って呼んでいなかった?
とは言っても、最初に出逢った春の日は私が一方的に悪態ついて別れただけだし、先日の火事場じゃ名乗る間なんてなかったし。
以前、どこかでお逢いしたことでもあったの…かな…?

「あ―――…」

突然に。
頭の中で、記憶が弾けた。
鮮やかに蘇る、幼き頃の平穏な日々。
まるで、さっき目覚めるまで見ていた夢の中のよう。
父様、母様。
そして―――。

「兄様…?」
目の前にいる男性(ひと)に、懐かしき幼い男の子の幻が重なって見えた。
大好きだった、兄様。

「覚えていてくれましたか、蓮」
「…本当に…?」
「――あの日、お前が叔母上に引き取られて京へ旅立っていった日。別れ際に泣きながら私に向かって手を差し伸べるお前を、今でも時々夢に見ます。真っ赤なほっぺをした小さな女の子が…綺麗になりましたね、蓮」

覚えてる。
両親ともが亡くなって、幼い兄妹は別々の親族に引き取られることになった五歳の冬。
兄様と離れ離れになったあの日。
淋しくて悲しくて、大声で泣きながら私は兄様へと手を伸ばした。
でも。
いつもなら、優しくその手を受け止めてくれたはずの兄様が、その日は、困ったような目をして唇を噛み締めながら私を見つめるだけで。
そのうち、くるりと背を向けてしまって。
それが尚更、悲しくて。
小刻みに震える小さな背中のその意味を、幼い自分は解することもできないまま声が枯れるくらいに泣き続けた。
やがて。
持て余した叔母様に抱き上げられ、一歩ずつ遠ざかる生まれ育った家。
一度も振り向くことのない、頑なな背中。
ずっと、微かに揺れていた―――
それが、私の記憶の中にいる最後の兄様。

「兄…様…」
「蓮、おいで」
長い長い年月を超えて。
今また再び、その手は私に差し伸べられて。
涙で揺れる景色の中で、兄様が笑った。
「――――…!」
迷わずに。
真っ直ぐに。
私はその手を握り締め、そのまま、力一杯に飛び込んだ。
受け止めてくれる胸。
抱きしめてくれる腕。
懐かしい、兄様の匂い。

「すまなかった、蓮」
謝らないで。
今なら私にもわかるから。
あの時の、兄様の切ない思いを。
振り向くことのできなかった、その悲しさを。
今の私ならわかるから。
もういいの。
あなたに、逢えたから。

「ありがとう…兄様」

父様、母様、見えますか?
蓮は、兄様に逢えました。


<其の三 終>


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