夜の学校-4
「さっきから何感慨に浸ってるんだね君は。さっさと奥に進みたまえ」
「…了解」
さっさと調べて引き返そう、この学校の女子トイレは案外広く、個室のトイレが左右に6個ずつ、計十二個もあった。この学校は女子の数のが多いから、当然といっちゃ当然だろう。
よし、奥まで人の気配はなし、と……ん? 奥の個室が閉まっている、気のせいかな?
そう思った瞬間、
ドンドンドンドンドンドンドンドン
「!?」
誰かがしきりに内側から奥の個室の扉を叩いている。一体誰なんだ?
「誰か! 誰かいるのか? 開けてくれ! 俺を助けてくれ!」
どこか聞き覚えのある声。男の声だよな・・・これって。とにかくたすけなきゃいけないな。
「近藤! モップを持ってこい! 多分このトイレのどこかにあるはずだ!」
「お、おう」
近藤はすぐさま掃除用具のしまってある扉を開き、そこからモップを取り出して俺に手渡した。俺は、モップを個室に立てかけるとそれをつたって個室の扉の上によじ登り、扉と天井の間の隙間に身を乗り出した。
「この手につかまって下さい!」
俺は扉の上から精一杯手を伸ばして叫んだ。
「ここからじゃ届かん!」
「便器の上に乗って!」
すると精一杯伸ばした俺の手がガッシとつかまれた。そのまま引き上げるか。
「よいしょっと、上から脱出しましょう。そのまま扉によじ登って!」
そういって俺はその手を精一杯引っ張った。
「そうりゃ!」
「ぬおっ!?」
そのとき俺のモップの棒をつかんでいた手がつるっとすべりそのまま俺はタイルの上に落下、
「ぐほっ!」
そして落下した俺の上には個室から見事に脱出した、と言うより上から引きずり出された男の巨体がドッシンと・・・。衝撃のあまり口から内蔵を吐き出しそうになった。
「いててて・・・」
苦しそうな俺の様子を苦笑しながら近藤が覗き込んできた。
「おいおい、大丈夫か? 女子トイレの中で抱きついてる男二人組みなんて世界中でお前らぐらいだな」
「余計なお世話だ。くそう、ああ重てえ。おい大丈夫か」
俺は自分の上に倒れこんでいた巨体を揺さぶった。巨体はむくりと起き上がり
「た、助かった。いやあ、ありがとう」
と礼をいった。
そのとき、近藤が女子トイレの明かりをつけ、トイレ内が明るく照らされる。男の顔もはっきりとわかった。この学校の講師の伊藤だった。
「い、伊藤先生」
伊藤は生活指導部の顧問も勤めており、生活委員である俺や近藤とも関わりがあった。伊藤は他の教師どもと比べて温和な性格で、生活委員のサボりに対してはあまり厳しくなく、委員の一人である俺としては好都合なのだが、その代わり生活委員長がその数百倍厳しいのでなんのプラスにもならない。伊藤も我が最強の委 員長にビビッているらしく、一切生活委員に口を出さなくなってしまった。ああ、悲しきかなあわれな伊藤先生、そしてあわれな俺たち生活委員…。
「なんで先生が女子トイレなんかに?」
「違うんだ。これはまったくの誤解なんだよ! 信じてくれ!」
「先生、ぼくたち、まだなにも言ってないんですけど…とりあえず理由を説明してくださいよ」
伊藤は明らかに冷静さを失っている、長い間閉じ込められていたらしく、その形相にはかなりの疲労も感じ取れた。