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ビターチョコレート
【家族 その他小説】

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ビターチョコレート-5

「父さん、それでパチンコに行く度、チョコレートを持って帰って来てたのか。それなら、姉さんは父さんに謝らなきゃ」
 突然、玲人が言った。私には意味が解らなかった。何故、私が関係するのだろう。
「何のこと?」
「ほら、父さんさ、母さんの分だけじゃなくて、俺たちの分もちゃんと用意してくれたんだ。でも、姉さんはチョコレートが苦くて食べられないって、いつも父さんに突き返していたじゃないか」
 胸が痛かった。確かに、そうだった。それでも、毎回必ず渡してくれていた。あの頃の私は痛みに鈍感で、どうせ食べないんだから持ってこなければいい、なんて思っていた。
 でも父は、きっとこう考えたのだ。私だけないのは辛いだろうって。私のことを、ちゃんと考えてくれていたのだ。
 昔の自分を叱りたかった。何て馬鹿だったのだろう。胸が、とても痛かった。
「明日、謝るわ。じゃあ、私が返したチョコレート、父さんが淋しい気持ちで食べてたのかな……。本当に悪いこと、したな」
 私がそう言うと、母と玲人がにやりと笑った。
「へへへ。俺と母さんで、いつも美味しく頂きました。サンキュー」
「何、それ〜。しんみりした気持ちを返せ!」
「いやいや。父さんに悪いのは事実じゃん」
「そっか。そうだね。明日、本当に謝らなくちゃ」
 明日は、父の3回忌だ。

 その年の秋の終わり。母から電話があった。珍しいことだった。
「どうしたの?」
「あはは、あんたは興味ないかもしれないけどさ。もうすぐ冬だから、新作チョコレートの季節なのよね。だから、一応報告」
 母は照れくさそうに言った。そんなことで電話するなんて、よほど暇なのだろうか、なんて思ってしまった。
「そういうのは、玲人に言いなよ。私、どうせ食べないんだからさぁ」
「いいじゃない。あんた、ちっとも連絡よこさないんだもの。元気かな?って思って電話したのよ。そしたら、チョコレートの季節だったんだもの」
 確かに、私は滅多に実家に電話することがない。本当に用事がある時や、実家に帰る時だけだ。私がそういう風だから、心配しているのだろう。
「そっか、ごめん。忙しくて。じゃあ、機会があったら食べてみるよ」
「そうして。元気そうだね、安心した」
「まあね。母さんこそもう年なんだから、無茶しないでよ」
「解ってるわよ。じゃあね、風邪ひかないでね」
「うん。そっちも。じゃあ」
 受話器を置いた。そういえば、父の3回忌以来母と話していなかった。もう少し、連絡をするようにしなくちゃ。母も、もう若くはないのだ。
 母からの電話の後、私が夕食の準備をしているとまた電話が鳴った。1日に2回も電話がなるなんて珍しいことだった。
 その電話の音に、少し不安になった。何となく、予感のようなものが働いたのかもしれない。電話の相手は慌てた玲人だった。
「どうしたの?」
 私は、さっき母に言った言葉を使った。本当に、家族からばかりなんてどうしたことだろうと思った。
「姉さん、今からこっち来れる?って言うか、来て欲しい。あ、違う。家にじゃなくて、近所の救急病院。場所は解るよね。とにかく来て」
 玲人はまくしたてた。私は意味が解らなかった。病院?しかも、救急?誰かが、怪我をしたのだろうか?それにしても、慌てすぎだと思った。まさか、慌てる程の事態なのだろうか。
 そして、玲人が電話をしているということは、それは、母の身に起きたということなのだろうか?
「もしかして……事故?」
「……うん。母さんが、車に撥ねられたんだ」
 頭が真っ白になっていくのを、感じた。そしてそれは、ひどく静かだった。
 病院に着くまでの間のことを、私は一切憶えていない。


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