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ビターチョコレート
【家族 その他小説】

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ビターチョコレート-1

 私の名前は、千夜子という。
 私はこの名前を、好きだと思ったことはない。
 学校の先生や何も知らない大人たちは、綺麗な名前だと褒めてくれる。
 大人になってからはそう思うことはあまりなかったが、子供の頃はとにかくこの名前が好きではなかった。
「チョコ!久しぶりだね。元気だった?」
 高校の同級生で、今はパチンコ屋のスタッフをしている友人、実加は、私が店に入るなり大声で呼んだ。居酒屋だったが人は少なく、声が響き渡った。
「ちょっと、実加。声大きいよ。恥ずかしいなぁ、もう」
 私が、笑いながらそう言うと、実加は笑い出した。
「ごめん、ごめん。あんた、チョコってあだ名だからね。普通、恥ずかしいよね」
「分かってるくせに、呼ぶのよね。みんな……」
 私は気にしていなかったのだが、わざと大げさに溜め息をついた。
「いいじゃない。チョコなんてあだ名、あんたくらいなものだよ。オリジナリティー溢れる素敵なあだ名だよ」
「他人事だね、麻以ちゃん」
 麻以ちゃんは私の幼馴染で、実加とも面識のあるひとつ年上の先輩だ。高校生3年生のとき、すでに社会人だった麻以ちゃんの車に乗って、3人でよく遊びに行っていた。
「そうだ、チョコ。お母さん元気?相変わらずチョコレートばかり食べてない?」
 麻以ちゃんが笑いながら訊く。私は苦笑した。
「変わるわけないよ。相変わらず、チョコレート三昧」
「さすがだね。娘に、千夜子とつけただけのことはある」
 実加がしみじみと言った。
「しかも、チョコの弟は玲人」
「チョコレート姉弟!」
 実加と麻以ちゃんはげらげら笑っている。私はもう慣れていた。母のせいで、私も弟も、昔からこのように言われて育ってきたのだから。
 母は、チョコレートが大好きだからという理由で、私に千夜子という名前を付けた。
 そして、運よく次に生まれたのが男の子だったので、弟の名前は玲人になった。
 新学期になると、初めのうちは、千夜子ちゃんと呼ばれていた。しかし、5月になると、必ずチョコと呼ばれるようになっていった。毎年のことだったので、慣れてしまうのだけれど。
 弟の名前が玲人でなければ、チョコとは呼ばれていなかった。小さい頃、2つ下の弟と公園で遊んでいた時、周りにいた友達が私たちの名前に気づき、チョコと呼んだのがきっかけだった。
 私も初めは嫌がって抗議していたのだが、それも疲れ、まあいいかと思うようになっていった。弟も同様で、チョコレートとからかわれても、美味しそうな名前だろう、と笑って受け流せるようになっていった。
「チョコ、怒ってる?」
 お酒が入って、少し頬を赤らめた麻以ちゃんが訊いてきた。
「全然。もう慣れっこだよ。っていうか、怒ってるって訊くくらいなら、チョコって呼ばないでよ」
「それもそうだね。実はちっとも悪いと思っていないのでした」
 麻以ちゃんは悪びれる風もなく、軽快に笑い飛ばした。
「そういえばさ、チョコ。こっちに帰ってきたのって3年ぶりだよね。何しに帰ってきたの?」
 まだそんなに酔っていない実加が訊く。麻以ちゃんはもう酔っ払っていた。
「ああ、お父さんの3回忌なの。こういう時じゃないと、家に寄り付きもしないって、お母さんに言われたわ」


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