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ビターチョコレート
【家族 その他小説】

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ビターチョコレート-6

「母さんは!?」
 病院にかけつけ、廊下に立っていた玲人に尋ねた。尋ねたというより、尋問したような感じだった。私には、余裕がなかった。
 何も言わずに玲人はうなだれていた。その態度に怖くなった私は、もう一度、今度は静かに尋ねた。
「母さんは……?」
 玲人は黙ったまま、ゆっくりと顔を上げた。玲人の目から、涙がとめどなく溢れていた。ぼろぼろと、声を押し殺して泣いていた。
 それが答えだった。
「母さん……嘘でしょう?さっきだよ、電話したの。新作チョコレートが出るって。それで、元気でねって、言ったばかりで……。何かの、間違いじゃないの……?」
「姉さん……」
 玲人が静かに首を振った。私はもう、立っていられなかった。
「母さん、撥ねられた時、手にコンビニの袋を提げていたらしいんだ。中には……チョコレートが、入って……いた、って。うっ、うぅ……」
 嗚咽混じりに、必死に説明してくれた。玲人は壁に向かって泣いていた。
 私は、膝を抱えて泣いた。この時、誰よりも母を恨んだ。チョコレートなんかの為に死んでしまうなんて。馬鹿、阿呆、間抜け。思いつく限りの悪口を母にぶつけた。
 母は、勿論死ぬつもりなんて無かった。きっと、帰ってチョコレートを食べたかったのだ。そうして、それが幸せだった筈なのだ。そう思うと、死ぬ間際にチョコレート入りのコンビニ袋を手に提げていたという些細なことが、とてもとても重く、そして悲しかった。
 病院の廊下で泣く私たちは、まるで親に捨てられた子供のようだった。知らせを聞いて駆けつけてきた祖父母の前で、駄々をこねる子供のように泣き、わめき、そして縋った。
 祖父母は、私たちを優しく包んでくれた。自分たちの娘を亡くして祖父母だって辛い筈なのに、私たちのことを一番に気遣ってくれた。その無条件の愛情が、とても痛かった。両親というものを強く感じさせ、母を失くし、そしてまた、父を再び失ったかのような、鋭い痛みが胸を襲った。
 私たちはきっと、両親とはぐれた迷子だった。何も、考えられなかった。
 葬式の日、私も玲人も喪主の務めは果たせそうになかったので、すべて祖父母にまかせきりにしていた。麻以ちゃんも、実加も手伝いに来てくれていた。
「母親の葬儀なのにねぇ。しっかりしなきゃ」
 疎遠な親戚の嫌味な言葉は気にならなかった。もう、心はあまり働いていなかった。涙は一滴も出なかった。そんな私たちを見て、代わりに祖父母が親戚を咎めていた。
「チョコちゃん、玲人くん、大丈夫かい?」
 父方の祖母だった。私は黙って頷き、またうなだれた。祖母は気を遣って、それ以上は何も言わなかった。母方の祖父母と一緒に、葬儀の準備をしてくれた。
 葬式は、淡々と進んだ。私たちは無気力で、ただ、その場に座っていた。
 そして葬式の終盤、棺に入った母に対面した時、何かがひっかかった。玲人も同様に何かを感じたらしく、私を見た。
「姉さん、何かが足りない」
「うん、私も感じていた。でも、何?何が足りない?」
 私たちがいきなりそう言ったので、みんな驚いていた。そして、ざわめきと共に、チョコレートという言葉が聞こえてきた。
「そうだ、チョコレート。チョコレートを入れなきゃ。母さん、淋しがるよ」
 玲人の言葉に、祖母が頷いた。そして、チョコレートを渡してくれた。娘のために、用意してくれていたのだ。
「ありがとう」
 お礼を言って受け取り、棺に入れようとして、手が止まった。
「違う……これじゃない。おばあちゃん、これじゃない」
 そう言ってかぶりを振る私に、祖母は怒ったりしなかった。じゃあ、何を入れようか?と優しく尋ねてくれた。
 何を?それは、優しい思い出を。母にとっての、光り輝く宝石を。
「父さんが母さんに送ったチョコレート。最初にじゃなくて、謝りながら、必死で用意したチョコレート……。それじゃなきゃ、駄目なんだ」
 私と玲人は、ようやく心を働かせ始めた。そして、集まった親戚たちに深く頭を下げ、30分だけ待って欲しい、と頼み込んだ。
 みんな、承諾してくれた。親を失くした子供たちに、手を差し伸べてくれたのだ。


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