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ビターチョコレート
【家族 その他小説】

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ビターチョコレート-3

「あんたたちも大人になったのねぇ。あんなに小さかったのに」
「そりゃあ、そうよ。私はもう24だし、玲人だって22歳になったのよ。母さんこそ、まだ若い気でいるんじゃあないでしょうね?」
 からかい気味に言うと、母は笑い出した。その笑い顔に、昔にはなかった深い皺を見つけて、胸がきゅうとなった。父にはなかった、皺。母が父より長く生きた証。
 みんな、年老いていく。いつか土に還る時まで必死に生きて、そして、無へ溶けるのだ。誰一人として、例外は居ない。すばらしい人でも、罪深い人でも、同じように還っていく。それは、感情では淋しいことだけれど、本当の意味では淋しいことなんかではないんだ。きっと。
「まだ若いわよ。53歳だもの。まだまだこれから。お父さんの所に行くのは、もっともっと後になるわ。ふふ、お父さんが待ちくたびれるくらいに待たせてあげるの」
「はは、あの世にはパチンコもないだろうから、父さん、暇で暇でしょうがないんじゃないかなぁ」
 父はパチンコが好きな人で、週末はよくパチンコ屋に遊びに行っていた。
 行きつけのパチンコ屋は昔の、しかも個人経営の小さな店だったので、父が幼い私や玲人を一緒に連れて行っても、いつでも気持ちよく迎えてくれた。というより、そこのオーナーのおじさんにはよく可愛がってもらった。
 父の膝に乗り、じゃらじゃらと騒音をたてながらぴかぴか光る機械を眺めていた。煙草の煙が煙たかったが、私はその時間が大好きだった。お店の若いお姉さんが、良く飴などのお菓子をくれた。落ちた玉を拾って持っていくと、父は笑った。
 もくもくと上がる煙と、騒音と、光。そして甘い飴玉。父の膝に座って見えた世界。私の中の幼い記憶は、いつでもここに辿り着く。
 今は、オーナーこそ変わらないが、子供は立ち入り禁止だし、スタッフもすっかり変わってしまった。実加も、ここで働いている。
「ねえ、母さん。父さんって若い頃はどんな人だったの?私の中には、無口で無頓着なイメージしかないんだけれど」
 父のことを思い出したら、父の昔に興味が出たので訊いてみた。私が知っている父は、あまり喋る人ではなかった。それに、私たちの躾とか、学校での様子とか、全然気にしていない様子だった。だからといって冷たい訳ではなく、ただ、距離がつかめていないというか、私たちを遠くから優しい目をして眺めていたような気がする。
「そうね、優しい人だったわ。優しすぎて、何も言えないような人。そして、臆病なのね。あんたたち、あまり怒られた記憶、ないでしょう」
 私と玲人は顔を見合わせた。確かに。怒っていたのはいつも母で、父が怒ったのを見たことがない。
「そう言えば」
「あんたたちに嫌われるのが怖かったのよ。ふふ、馬鹿よねぇ」
 母は柔らかく笑った。
 父が怒ったからって、決して嫌いになんてならなかったのに。臆病な父を、私は愛おしく思った。
「昔のお父さんは、今以上に不器用でね。デートの時も、お母さんは、黙って歩くお父さんの後をただ付いて行くだけだったわ」
「それって楽しいの?」
 玲人が苦い顔で訊く。私も同意見だった。
「つまらないと思ったことはなかったけど、そうね、少し淋しかったかもね」
「それで結婚して、良くここまでこれたなぁ」
「そうねぇ。淋しいことだけじゃなくて、お父さんとの思い出もちゃんとあるのよ。恥ずかしい昔話だけど、あんたたちも大人だし……聞く?」
 母が照れくさそうに訊いた。若い頃の親の話を聞くのは、ちょっと嬉しいかもしれない。私も玲人も喜んで聞くことにした。
「お父さんとお母さんはね、元々お見合いだったんだけど、すぐに気が合ったって言うか、結婚相手としてお互い意識したのね」
「何で?」
「優しい人だってすぐ気づいたから。それに一緒に居て、気負わずにありのままに過ごせるのが心地よくてね。お父さんの方は何も言ってなかったけど、まあ、好意を抱いてくれたのはすぐ判ったわ」
「それだけで結婚?」
 玲人が訊いた。母は笑ってみせた。


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