微笑みは月達を蝕みながら―第弐章―-1
……人が死んでいく。
自分の親しい者たちが。
友人、恋人、ライバル。
病気でも事故でも自殺でもなく。殺されていく。
しかも、殺人者は大事な、大事な、掛け替えのない、血の繋がった家族なのだ。
考えてみてほしい。
自分の……家族でもいい。友人でも、恋人でもいい。
自分の身近な者が、血に飢えた化け物だったら。
――君なら、どうする?
「―――?」
月島夕<つきしまゆう>は眼を覚ました。
奇妙な夢を見ていたと思う。確か、アレは……何かの小説か漫画かゲームの冒頭のフレーズだった。どんな話だったかさえも定かでない。話では主人公の親友のことを好きな子が実は改造人間で親友は主人公の親に殺されてしまうのだ。気分が悪くなって途中でやめた覚えがある。今更夢にそのフレーズが出てくるとは思わなかっ た。
そのせいか、体が重かった。窓のない部屋なので若干息苦しい。
「……今何時だ」
覚醒未満の頭で考える。ケータイは――電池が切れていた。時間が分からないせいか、今一つ目が覚めない。
頭を振って起き上がる。廊下に出るとひんやりとした空気が顔を撫で、起き抜けの頭に心地よかった。
シン、としている。まるでこの家には誰も生きてる人間はいないような。
「……あー」
昨日のことを思い出した。だがあまり思い出したくはない。
「急ぎすぎだよなあ……」
強盗しようとした相手に助けられた上、ヤッちゃうなんてことは男として、というより人間として著しく外れてる。……気がする。
「謝った方がいいかな…」
しかしどう謝ればいいか分からないし、謝らないほうがいいかもしれない。だって、好きって言ってくれた。
「――うーん」
けれど、浮かない顔だったのが気になる。あの子は夕にとってはミステリアスで、逢ったばかりだということを差し引いても今一つよく分からなかった。
「なんであんなことしたんだろ…」
考えると自己嫌悪に陥りそうでやめた。夕の十五年という短い人生で学んだ処世術の一つに“思考停止”がある。おかげでなーんにも考えないということが苦にならなくなった。いいことなのだろうかそれって。
サシャ。
「?」
唐突に、後ろから奇妙な音が聞こえてきた。振り返るが、誰もいない。
「……?」
気のせいか、と思い前を向くが――(サシャサシャ)また聞こえた。今度は二回。
(まるでこの家には誰も生きてる人間はいないような)
――怖くなった。
後ろを向く。誰もいない。誰もいない。誰も、
首に、冷たい指が巻きついた。ふっとうなじに吐息がかかり、
背筋が凍った。
「――バケバケバァ!」
ドンガッシャン!!!!!
びっくりした腰が抜けた心臓が飛び出た。ついでのように悲鳴を上げ(ぎゃあああああああああああああああああ!!!!!)一拍遅れて全力で指の感触を振りほどく。呆気なく指は離れ、夕は情けなく尻餅をつき、恐慌状態に陥ろうとしていた。
「ご、ごめんなさい、大丈夫?」
――そんなに驚くとは思わなかったの。
涼やかで軽やかな、鈴の鳴るような声は耳に心地よく響き、恐慌を鎮めてくれる。
「ちょっと脅かそうと思っただけで……ちょっとした悪戯だったんだけど。大丈夫?」
目の前の女性は、とてもバツが悪そうな“微笑み”を浮かべ、無様に尻をついた夕に手を伸ばした。