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微笑みは月達を蝕みながら
【ファンタジー 官能小説】

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微笑みは月達を蝕みながら―第弐章―-2

「あ、いえ…レン、さん」
 普段の夕からは有り得ないほど、声は小さく霞む。先程の無様がものすごくカッコ悪くて、恥ずかしかった。
 レンの手を借り、立ち上がった。とても華奢で、ほんの僅かでも力を籠めれば容易く折れそうな手。その手の冷たさは、先程とはまるで違う、気持ちのいい温度だった。
「名前を覚えてくれたのね。嬉しいわ」
 穏やかで柔らかい気配。何故だろう、それが耐えられなくて、
「すいません……」
「謝るのは、こっち。ごめんなさいね、悪ふざけが過ぎたわ」
 視線が交差する。漆黒の瞳は、とても深く、
「トーストとゆで卵だけじゃ物足りなかったでしょう? ご飯を多めに炊いたから、良かったらいかが?」
 そう言って、瞳よりさらに深く微笑んだ。
 人外であるはずの吸血鬼の微笑みは、どんな人間の微笑みよりも優しく見えた。
 その理由を、夕はまだ知らない。




「う、うまいっす!! いや、マジでヤバイっす!!」
 夕はむせび泣いていた。それぐらい目の前に出された食事の数々は美味かった。
 それほど珍しいメニューではない。和洋折衷といった感じの品が相当量並んでおり、夕は遠慮も減ったくれもなく次々と平らげていく。この料理は味以上に、夕の心の琴線に触れる何かがこの料理には隠されてる、そんな気がする。そう、それは
「何かおふくろの味って感じがします! いや、これマジでホントヤバウマですって」
「そう、良かった、喜んでくれて」
 元々夕はとんでもなく腹が減っていたこともあり、まるで胃にブラックホールが出現したかのように次々と目の前に出された料理をバクバク食べた。先ほどの感じた恐怖感は美味しいものを目の前にして完全に霧散している。単純この上なかった。
 やっと人心地がついたころには、ご飯を五杯、味噌汁二杯、おかず四品、お新香ちょっととウーロン茶三杯を平らげていた。ちょっと他人の家で食べる量ではなかった。
「育ち盛りなのね」
 しかし目の前の女性は軽く微笑って流した。ようやく申し訳なく思った(遅すぎる)が、それよりもある事が先ほどから気にかかっている。
「あの、えっと」
「レンでいいわ。何?」
「えっと、白<ハク>…さん、は」
 夕は敬語に慣れていない。それを見て取ったのか、
「普通に話してくれて結構よ」
 そう断って、
「あの子は今、買い物に行ってるわ。すぐに戻ると思うけど」
 夕の疑問に答えた。安心したような、逆に不安なような。
「ねぇ、夕って誰がつけた名前?」
 唐突に全く脈絡なくそんなことを訊いてきた。何の気なしに答える。
「母が決めたらしいッスけど。俺産む時に死んだらしくて、詳しくは知らないんで」
 あっさりと答えた夕を見て、レンはほんの僅かに小首を傾げる。
「そう。気にしないで、大したことじゃないから」
 沈黙が降りた。だが不思議と不愉快ではない。
 しばらくボーっとしていた。何で自分がここにいるのかを忘れてしまいそうになるが、いい加減出て行くべきかも知れない。
「あの、俺」
「ところで夕君」
 出鼻を挫かれた形になってしまった。わざとらしいまでのタイミングだった。


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