恋におちて-2-3
放課後になって、保健室からちょっと離れた所で皆が帰るのを待ってる時、携帯を見てみたら先生からメールがきてた。<誰もいないから保健室おいで>って。
私はあの子が来ないか緊張しながら、そそくさと保健室に入った。
「先生」
カーテン越しに呼んでみる。
「牧本?早かったね、誰か来たらやばいから鍵閉めてね」
聞きたかった声に嬉しくなった私は、ドアの鍵を閉めてから、カーテンを開けて「違う人だったらどうするんですか?」と笑いながら聞いた。
「声でわかるよ」
先生も笑って答える。
「手首ひねっただけなんだけど、体中痛いって言ったら授業さぼれて得しちゃったよ。保健の先生は、じゃあ病院行けって言うんだけどね。保健室で休ませてもらった」
ベッドに座って、包帯を巻いた左手首をさすりながら先生はそう話す。私は笑って聞く。でも先生は声のトーンを少し落として、話を続ける。
「俺ね、生徒を好きになるなんてリスクが高い恋愛は正直ないと思ってた。まずこの年齢になっちゃうと歳が離れすぎだしね」
先生は相変わらず手首をさすってる。
「昨日岡部と牧本が話してるの、向こうの校舎から見てた。やっぱ牧本にはいろいろ我慢させてるし、普通に同じ学年の男子とかと、思春期らしい恋愛をしたほうがいいんじゃないかなって思ったんだ」
先生は悲しい笑顔を私に向けた。
私は、先生が言いたい事を理解して、彼の目を見つめる。
「…普通とか思春期らしいとか、私にはわかりません。でも今私は、誰でもない先生が好きなんです。一時の気の迷いとか憧れとかそういうんじゃなくて…」
なんだろ、何て言えば伝わるんだろう。私ってこんなに口下手だったっけ。何か言わなきゃ、言わなきゃ終わってしまう。
目頭が熱くなっていく。
「…先生が怪我したって聞いて、気が気じゃなかった。あの子と一緒だと思うと嫌で嫌で、あの子には言っちゃいたかった。先生の事一番想ってるのは私だって」
先生の左手首に目をやる。
「痛いの、私が代わってあげたい…」
こらえてた涙が、目を伏せた瞬間に溢れた。
その時、先生は私の右手をとり自分の手を上に重ねる。大きくて温かい手。
「続き聞いて。俺はねそれでもやっぱり別れたいと思えなかった」
先生が私をまっすぐに見つめる。立ったまま先生を見下ろすけど、滲んでよく見えない。
「俺もあんまお喋りなタイプじゃないから、上手く言えないんだけどね。まだ付き合い始めたばっかだし、これからどんどん楽しい事が待ってる気がするんだ。秘密のことだから、俺も牧本もいろいろ我慢しなきゃいけない時もあるだろうけど、お互い好きなら別れるなんておかしいよね」
黙って頷く。
「牧本の、俺を好きな気持ち信じてる」
先生は優しく笑って両手を広げる。私は彼の胸に飛び込んだ。
「"あの子"にはちゃんと、大事な彼女がいるって言ってあるんだよ」
目を開けると先生の黒い瞳に私が映っている。もう何度キスしただろう。
ファーストキスだって言ったら、先生は少し驚いた後に照れながら「もっとしていい?」って聞いてきたから、恥ずかしかったけど頷いた。
「保健の先生は?」
「もうとっくに帰ったんじゃない?」
キスがだんだん激しくなる。二人の息が混じり合う。先生の舌が私の唇を割って入ってくる。柔らかくて温かい舌が口の中を探る。
なんかうるさいと思ったら、私の心臓の音だった。
「緊張してる?」
黙って頷く。
「…でも私、先生とこうしたかった」
意識せずに言葉が出た。
「下の名前で呼んで」
そう言った瞬間、強く唇を吸われた。その勢いでベッドに押し倒される。
「ま、雅也」
「加奈、大好きだよ」
先生の唇が優しく私の輪郭をなぞるから、くすぐったくて思わず声が出てしまう。その唇は今度は耳元に移り、そのまま首筋を伝う。
恥ずかしくて緊張してこそばゆくて、目をぎゅっと閉じる。