『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-6
「ごめんなさい! ごめんなさい!!」
土下座でもしそうな勢いで頭を下げる桜子。勘違いとはいえ、相手を羽交い絞めにしたうえ平手打ちまでかましたのだから、とんでもない話である。
「ほんとに、ごめんなさい!」
「や、やめなって……」
大きな体を折り曲げて必死に謝るその姿が逆に哀れに思えて、その気持ちを落ち着かせるように大和は桜子の肩に優しく触れた。
「ご、ごめんなさい……」
そんな優しさにも恐縮するばかりで、桜子は顔が上げられない。
「いいから。許すから、顔を上げてよ」
「は、はい……」
“許す”といわれて、ようやく桜子は顔を起こす。
「あ……」
視線があった。自分と同年代と思しき少年の、透き通るような眼差しに射抜かれて、今度は声を無くす桜子。少し沈んだ色はあるものの、充分な生気が瞳には溢れており、とても自ら命を絶つような雰囲気は感じない。
(ああ〜……)
ますます自分のやったことが罪悪に思える。童顔も可愛らしいこの少年の頬を、思い切りはたいてしまったのだ。
「い、痛かったでしょ? ご、ごめんね」
「大丈夫だよ」
嘘だ。実は、かなり痛い。非常にスナップが利いたその一撃は、後になってじんじんと大和の頬を熱くする。後から鏡を見た大和は、痕にもなっていることに気づいてその衝撃の強さに愕然とするのだが……“後”“痕”尽くしで申し訳ないが、それも“後の話”だ。
そんなこんなで、屋上を後にした二人は、なんとなく共に休憩コーナーまで脚を運ぶ。すると桜子が、罪滅ぼしのつもりか二人分のジュースを購入し、そのうちのひとつを大和に手渡した。
「あ、ありがとう」
ここまでしてくれなくとも、もうよかったのだが。断ることを許さない気迫が桜子の眼で炎を挙げていて、勧められるまま大和は缶を受け取った。
沈黙。プルタブを開いたことで抜けた空気の音が、妙に耳につく。
「あのさ……」
「な、なに?」
それに耐えかねた大和は、口を開く。桜子が待ちかねていたように視線を送ってきたので、少し言葉を失ったが、質したいことをそのまま音にした。
「僕、そんなに危なく見えた?」
確かにフェンスの下を見ていたのは事実だが、飛び降りようなどとは露にも思っていない。
「だ、だって、その……うん」
言い訳がいろいろと浮かんだ桜子ではあるが言葉につまり、結局は頷くことしか出来ない。
「ははは」
そんな行き場のない桜子の感情を救ったのは、大和の笑みであった。
「まぁ、ちょっと落ち込んでたのは事実だったし……タイミングが、悪かったんだね」
「ほ、ほんとにごめん」
「気にしないで。これでチャラってことで、さ」
蓋を開けながら口をつけていなかったコーヒー缶を一気にあおる大和。
「ね」
その清涼で穏やかな微笑みに、ようやく桜子の気持ちも落ち着いた。
そうなると、同じ年頃の二人だ。期せずして、話の華がぱっと開いた。
「きみが、あの蓬莱桜子さん? そうだったんだ。感激だな」
「し、知ってるの?」
名前を交換した途端、大和が反応した。
「春高バレーで、有名だったじゃない。そっか、だから……」
彼女の足首に巻きついているテーピングに大和は納得した。彼女が試合中に左足首のアキレス腱を断裂して、バレーを断念してしまったことは、スポーツ界の悲劇として報じられていたから、彼もよく知っている。
ただ、ケガによって選手生命を失ってしまったにしては、彼女は明るくて元気だ。過去の悲劇のヒロインであることが信じられないほど、陽気で快活な雰囲気に溢れている。
それが、大和にはとてもまぶしかった。