『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-274
そういえば、試合が終わった後、午後3時に城央駅前で待ち合わせをして、そのまま映画を見に行ったのだが、今の時間までなにも口にしていなかった。
軽食を挟んでいないから、桜子の空腹はかなりのものではないだろうか。彼女はその体格が示すとおり、かなりの大食漢なのだから。
ぐきゅるるるるっっ
「うぅ……はうぅ……」
その音が全てを表していた。自分の意志では止められないぐらい、腹の虫は怒声を挙げて癇癪を起こしていた。
「っ……だ、だめだっ……くっ……くくっ……」
たまらずに大和は頬が緩んで、思わず吹き出してしまう。
「ひ、ひどいっ。笑うなんて……」
「いや、ごめん。でも、きみらしいな、って……くくっ……は、ははっ……あははははっ」
「うわぁん! ひどい!! ひどいよ、大和君!!!」
センチメンタルな空気は何処へやら、である。涙を誘った映画の余韻を吹き飛ばす、強烈な笑劇のカウンターアタックだ。
「ううぅぅぅ……」
恥ずかしくて堪らないようで、桜子は耳たぶまで真っ赤にしている。わなわな震えて、今にも泣き出しそうな様子だ。
そんな彼女があまりに不憫なので、可笑しさを何とか押さえ込んで、大和は荒れた息を整えた。
「ごめん、ごめん。もう、笑わないよ。頼むから、泣いたりしないで」
「ひどいよ……」
「謝るからさ、このとおり」
「う、うん……」
まったく彼女は、自分を色んな形で刺激してくる。それに引っ張られるように、自分の表情も豊かになっている気がして、大和は訳もなく嬉しい気分になった。
「たまらないな」
「えっ?」
「可愛くてさ、たまらないよ」
そんな気分に煽られるまま、桜子の身体を丸ごと胸に抱きしめた。
「や、大和君っ!?」
思いがけない大和の実力行使に、戸惑う桜子。腹の虫を鳴らしたことで、女の子らしいしおらしさの欠片もないことを呆れたのではないかと、不安に思っていたのだが…。
「桜子さん、可愛いよ。ほんとに、きみは……可愛い……」
もちろん、大和には呆れる気持ちなど微塵もない。あるのは、桜子が見せる愛らしさに引寄せられている、確かな想いだけだ。
座っているから、二人の間にある身長差は関係がない。大和は、桜子の頭を胸に抱えて、その髪を何度も撫でた。
「大和……君……」
いつにない大和の積極的な抱擁に、驚きで身を固くしていた桜子も、髪を撫でられるうちに力が抜けて、全てを委ねるように身を預けていた。
「今日は、ずっと一緒にいたい」
桜子のことを、今はもう離したくなかった。こんなにも、誰かが傍にいて欲しい気持ちが強く弾けたのは、久しぶりである。
「帰らなきゃ、ダメな日かい?」
なかなか返事がなかったので、ひょっとしたら帰ってくるように言われているのかもしれない。蓬莱亭では、昔の顔なじみが集まって夕食会が開かれるらしいから、桜子もそれに顔を出すように、とでも言われて…。
「………」
しかし、腕の中にある彼女の頭がもぞもぞと動いた。首を振ったのだ。
大和とデートだということは義兄の龍介にも、姉の由梨にも伝えてある。おそらく、二人の心情的には大和を連れて、帰ってきて欲しいところなのだろうが…。
「あたし、今日は帰らないよ。大和君と二人きりで、一緒にいたいもん」
皆は残念に思うかもしれないが、今は大和と二人でいる時間を、何より大切にしたかった。
「桜子さん…」
互いに思うところは、通じ合っている。それが嬉しくて大和は、桜子の身体をさらに強く腕の中に引き寄せる。