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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-273

「僕も、そうだよ」
「………」
 今度は、大和がその手に力を込めた。
「その時にならないと、どうなるかわからない。だから今の時間、桜子さんが側にいるこの時間を、僕は大切にしたい」
「大和君…」
 結局、実際の時間と空間の中でしか、人は実感を伴った感情を抱くことができない。未来と過去に思いを巡らし、想像の中で思考を組み立てても、リアルな感触が存在しなければそれは、ただの空想に終始する。
 映画の中の二人が、その葛藤を乗り越えることが出来たのは、互いに求め合う気持ちが本当の強さを持っていたからだ。“陰”となって二人を苦しめてきた喪失の痛みは、葛藤を越えたとしても、真の意味で拭い去ることはできない。それでも、互いに寄り添ってこれからの道を歩んでいこうと決意したのは、新しい現実の中にあるかけがえのないものが二人の間に生まれていたからだ。
「はは。映画に影響、受けちゃったかな」
「そうだよね。なんだか、しんみりしちゃった」
 若い二人は、感受性も豊かだ。映画によって揺り動かされた感情が、寂しさを誘う日暮れの雰囲気も交えて、大きく膨れ上がったのだろう。
「………」
「………」
 再び、沈黙が降りる。重なり合った手のひらはそのままに、見つめ合う大和と桜子。
 暮れ始めた陽は瞬く間に薄闇の中に溶け込んで、人の心を家路へと急がせる。だから、二人のいる辺りにはもう誰もいなかった。
 少しだけ頬を紅くして、桜子の瞳はゆっくりと閉じられた。それが何を求めるサインなのか、気が付かない朴念仁ではない。
 差し出されるように、上向きになった彼女の唇。ゆっくりと、狙いを外さないようにしっかりと、大和はその唇に自分のものを重ね合わせた。
「ん……」
 柔らかさに、胸が高鳴る。桜子と交わしたキスは、これが初めてではないというのに…。いつもとは違うセンチメンタルな温もりが、唇を通して心の中に広がった。
(好きなんだ、こんなにも…)
 本当に、心の底から彼女のことを好きなのだ、と、実感が出来る口づけである。
(僕は……好き、なんだ……)
 他人に対するガードが、どちらかと言えば“固い”と自覚している大和だが、彼女に対しては不思議と気持ちの全てを預けてもいいと思える。それを受け止めてくれる大きさと暖かさが、彼女には感じられるからだ。身体だけではなく、そんな大きな彼女の心に包まれることがとても心地よい。
「ん……んん……」
 随分と長く、唇は繋がったままだった。桜子が少し苦しげに喉を鳴らしても、自分自身が息苦しさを感じても、唇を離そうとは考えなかった。こんなに気持ちの良い時間を、簡単に手放したくない想いが大和にはある。
「………」
 永劫に続くかと思われた二人のキスは、しかし、思いがけないことで終わりを迎えた。

 ぐぅっ

「?」
 不意に響いた、くぐもった音。始めは気のせいかと思ったのだが…。

 ぐぅぅぅっ

(なんだ?)
 随分と間近いところから、低い音がまたしても響いた。音の出所は間違いなく、桜子である。
 さすがに大和は気になり、名残を惜しむ気持ちはあったが、顔を離して桜子の様子をうかがった。すると彼女は、顔を真っ赤にしながらバツが悪そうな具合で俯いていた。
「ご、ごめん……」
「? ……あぁ、そっか」
 時間帯を考えてみる。世間一般では、晩御飯がテーブルに用意されている頃合だ。
「お腹空いた?」
「あう……そ、そう、です……」
 どうやら桜子は、腹の虫を鳴らしてしまったらしい。


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