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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-255

 ズバン!

 と、最後に投げたボールが、桜子のミットを高らかに鳴らしたのは、指のかかりが悪いとか、腕が上手く振れないとか、投げる前から感じていた諸々の不安を忘れていたからであろう。彼の頭の中にあったのは、セットからの投球と言うことで、想定の中にあった塁上の走者を釘付けにするための素早いモーションを心掛けることだった。
「うん、ナイスボールだ」
 亮が手を鳴らして、今のストレートを褒めてくれた。大和は、それがとても嬉しかった。
「桜子ちゃん。ちょっと、来てくれるかい?」
「あ、はい」
 大和に何かアドバイスを与えるものと考えていた桜子は、思いがけず名前を呼ばれたので、マスクをつけたまま二人のところへ駆け寄った。
「草薙君には、ワインドアップとセットで交互に投げてもらったんだが、それぞれの感触はどうだった?」
「えっ」
 特に意識をしていたわけではないので、桜子は亮の問いに焦りを覚えた。投球をしていた大和よりも先に、自分の方に声がかかるとは思いもしなかったからだ。
(ど、どうしよう。何も、考えてなかった……)
 宿題を忘れて登校し、それを咎められているような気持ちになる。救いだったのは、亮が、なかなか答えられない自分を責めずに、普段の優しい眼差しのままで待ってくれていたことだ。
(うーん……えっと……うん)
 しかし、だからといって何も言わないままにはいかない。なんとかミットの記憶を掘り起こし、彼の求めている答えを、桜子は頭の中で推敲する。
「手のひらに重く感じたのは……セットの時に投げたボールでした」
「そうか」
 納得したように、亮は頷きを見せた。
「ボールの回転は、セットポジションの方がよくかかっていたわけだ。そうなんだね、大和君」
「はい。彼女の言う通りです。でも、ワインドアップの時は……」
 ふがいない投球を思い出したのか、大和は末尾のはっきりしない、淀んだ言い方をする。
「………」
 それを察した亮は、切られた大和の言葉を継ぐように、はっきりとさせておきたかった事を口にした。
「君は昔、肘を痛めたことがあるんだろう?」
「え? は、はい……」
 大和は夏でも、長袖のアンダーシャツを着ている。それは、暑さによって肌が焼かれ、体力の余分な消耗を防ぐとともに、はっきりと刻まれている肘の傷跡を覆うためだ。
(やっぱり、わかるのか……)
 しかし、見抜かれてしまったらしい。もっとも、安定しない球筋を見れば、大和に故障歴があることは看破できるだろう。そして、亮にはその眼力がある。
「やっと、わかったよ」
 だが、肘の故障を見抜いた理由は、それだけではなかったらしい。
「“甲子園の恋人”」
「あっ……」
 思いがけないかつての通り名を持ち出されたので、大和は思わず桜子の方を見た。桜子は亮と接する時間も多くあるだろうから、自分の過去を彼に話したことがあったのではないかと思ったのだ。
(あ、あたしは、言ってない……)
 大和の視線に少し、自分を責めるような“鋭さ”を感じて、桜子は慌てて何度も大きく首を振った。
「……君にとっては、あまり景気のいい話じゃないよな。すまなかった」
 二人の間に生じかけた、思いがけない不協和音。それを繕うように、亮は先んじて大和に詫びた。
「あ、いえ……。僕の方こそ、すみません」
 昔の話を持ち出されると、どうしても気持ちがささくれ立ってしまう。過去の自分を吹っ切っていない事の現れなのだが、それを桜子にあたるような仕草を見せたのは、あまりにも情けない姿である。
「ごめん」
 大和は、桜子にもはっきりと詫びた。反射的にとはいえ、彼女を視線で責めたのは事実だからだ。それは、八つ当たり以外の何物でもない。


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