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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-254

「亮さん?」
「ああ、すまない」
 マスクの下から見えた桜子の怪訝な視線に気づいた亮は、頬と一緒に気持ちも引き締める。試合の時とは違う、指導者としての顔がそこに浮かび上がった。
「それじゃあ、草薙君。まずは9球、投げてもらえるかな」
「はい」
 投球練習用に、マウンドを似せて盛られた土の上にいる大和は、桜子が構えたミットをめがけ、その真後ろに立つ亮の言葉通りに、ストレートを9球投げ込む。
 試合の時には、最後に失敗したとはいえ、自分でも満足のいく直球を投げていた。それを思い出すように、一球一球に気持ちを込めて彼はピッチングを続けた。
「………」
 しかし、である。
(くっ……)
 試合の時とは違い、大和には上手く腕が振れているという感覚がなかった。指先まで力が上手く伝わらず、空気を切る独特のリリース感を得られない。
(なんでだよ……さっきまでは、良かったのに……!)
 手にしていたはずの手応えが、ぼろぼろと零れていくような喪失感。それが大和の心に、冷たい風を吹き込んでいた。

 パンッ…

 と、9球目となったストレートは、軽い音を残して桜子のミットに収まった。
「よし。今度は、セットポジションだけで9球、投げてくれ」
「あ、はいっ」
 どんな言葉をかけられるか。ひょっとしたら、残念に思う表情を見せるのではないかと思った大和だったが、淡々とした様子のまま次のテーマが与えられたので、考える間もなくそれに従っていた。
(セットで、9球……)
 走者を背負った状況を想像しながら、大和は一球目を投げる。

 スパン!

(あっ……)
 今のは、指に良い“かかり”を持っていた。ミットの音も、それほど悪くない。
(セットの方が、指にかかる)
 全てがそうではなかったが、セットポジションからの9球は、先のそれに比べれば、良い手応えを感じることができた。
 塁上に走者がいる場合、盗塁を防ぐために、投球のモーションを小さくして重心の移動距離を短くするのがセットポジションの特徴である。
 ワインドアップに比べれば、稼働域の短くなった分だけボールにかけることのできるパワーは少なくなるが、その分、腕の振りや指先のコントロールはしやすい。制球に苦しむ速球派の投手が、無走者の状況でもセットポジションに切り替えるのは、よく耳にする対処法だ。
「よし。ワインドアップを2球投げたら、次の1球はセットで投げる。これを、3セット繰り返してくれ」
「は、はい」 
 矢継ぎ早にテーマを提示されるので、大和は余計なことを考えず、それをこなすことに集中した。
(ワインドアップで、2球…)
 振りかぶったモーションで投げ込む直球を2球続けた後、
(次は、セットで…)
いわれた通りセットポジションに切り替えて投げる。
(ああ、そうか)
 それを3セット繰り返せば、これまと同じように9球を投げ込むことになるのだが、大和はその数字が何を示しているのか、気が付いた。
(全てストライクでカウントするなら、3球でひとりの打者分になる。ということは、9球は1イニング分ってことか)
 もちろん実戦であれば、3球投じる前に相手が手を出してくることもあるであろうし、ファウルを打たれることも、ボール球を意図して投げることもある。 だから一概に“9球で1打者分”とは言い切れないが、ひとつの目安になる数字でもある。
 数字の意識が頭の中に生まれたことで、更に集中した投球を行うことができた。


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