『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-253
「彼、航君の方は?」
大和にとっては、新聞でしか見たことのない名前よりも、今日の試合で軽快かつクレバーな動きを見せた航君の方に大きな興味があった。
「城南学園の3年生。硬式の野球部に入ってたけど、予選で負けちゃってね。今は、受験生だよ」
「城南学園というと、都大会でベスト8まで進んだ、私立の進学校ですね」
「おっ、詳しいね。“木戸”っていう選手を知ってるなら、そいつが航のことだよ」
亮はどちらかというと、航君の話題の方が嬉しそうである。やはり、同じ野球で汗を流していることが大きいのだろうか。
もちろん、だからといって翔君の方と疎遠であるわけはない。翔君が初めてユースの代表に選ばれた時は、近隣のみなさま同士で大壮行会が開かれ、亮も晶を連れてその集まりに参加した。
普段はあまり騒がない亮も、この時ばかりは羽目を外し、音痴な歌を人前で2曲も披露することになった。それを後で、晶には散々にからかいの種にされてしまったわけだが、それはまた別の話である。
「翔の方が有名になったけど、航も運動神経は負けていないよ」
「そうですね。今日の試合、とてもいい動きをしていました。桜子さんも、彼にヒットを一本捕られましたからね。バントも上手でしたし、脚も速くて……。とにかく、並じゃないセンスを感じました」
「ははっ。後で航に、“褒められてたぞ”って言っておくよ。アイツ、照れ屋だからな。褒めたりすると、“あ、そう”とかって関心ないみたいに言うくせに、すごく嬉しそうな顔をするんだ」
その、嬉しそうな顔をしているのは、他ならぬ亮である。試合の時とは違い、親近感のある表情を彼は見せていた。
弟たちに対する愛情の深さを、その表情が教えてくれる。それは、人間としての懐の深さと、暖かさの表れでもあった。
(暖かい人だ…)
大和はふと、そんな彼に指導を受けている中学生たちが羨ましく思えた。そして、わずかな時間とはいえ、指導を受けられることになった自分の幸運を、誰かに感謝したい気持ちにもなっていた。
捕手である亮と桜子が別の場所にいるので、当然、その代役は必要である。
「こうなるのか…」
白羽の矢が立ったのは、栄輔であった。わずかとはいえ、彼は晶とバッテリーを組んだ経験があるので、それもあってのご指名になったわけだ。実に、栄輔にとっては数年ぶりになる、マスクとミットとプロテクターである。
「な、なぁ。頼むから、レベル抑えてくれよ」
「だめよ。それじゃ、あのコたちの練習にならないじゃない。捕れない球は、体で止めるのよ」
「おいおい…。エレナ〜、何とか言ってくれよ」
「SORRY. ここはひとつお願いします。あとで、いっぱいイイコトしてあげますから……」
「よし。俺に任せろ」
「くわ…。こ、この助平!」
と、いうやりとりがあったことを、蛇足ながらここに記しておこう。
「それじゃあ、いくわよ!」
「はい! お願いします!」
気合いの乗った晶の声と、それに負けまいとする岡崎の集中した構え。
「OK! LET’S PLAY!!」
二人の闘志が盛り上がったところで、エレナが審判の位置に立ち、フリー打撃は開始された。
ズバンッ!
「STRIKE!」
捕手が栄輔に変わっているとはいえ、彼女は試合の時と遜色のない直球を投げ込んだ。打席に入った岡崎との勝負を、心底楽しもうとしている様子だ。
「ふふふ」
見ていなくても、ミットを貫く威勢のいい音で、晶の張り切っている様子がよくわかる。それが可笑しさに変わって、亮は思わず頬がゆるんだ。