『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-250
「「え!?」」
ところが、長考の果てに大和の首は縦に動いた。頷いたのである。
二人は同時に、“何故?”と言わんばかりの厳しい視線をマウンドに注いだが、大和は既に投球モーションに入っていた。
ぐっ、とプレートを踏みしめてから振りかぶり、静かでありながら強烈な気迫を有している亮の構えに立ち向かって、持ち上げた左足をしっかりと踏み込む。 スムーズに移動していく重心が、体の回転とひねりによって増幅され、しなる腕の先に集まっていく。あとはそれを、腕を振り切って力強くリリースするだけ…。
しかし、異変はそこで起こった。
「!?」
振ろうとした腕が、なにか大回りをするような違和を感じたのだ。瞬間、全ての力が抜けて、指先がボールを弾く感触も失っていた。
(しまっ……)
腕の振りが鈍り、指の“かかり”も半端になったストレート…。これまでの威力が嘘のような棒球が、追い打ちをかけるように、真ん中高めのコースに入る。
「!」
それを見逃すほど、亮は甘くない。想像とは違う“勢いのないボールが来た”という出来事にも対応して、彼は己のベストスイングを発動させていた。
キィィン!
「いった!」
コースは甘く、威力もない。大和が投じたこのボールは、なにひとつとして彼を押さえ込めるものがない。風を切り裂くスイングから弾き出された打球は、大和が先に打ち放った本塁打を遙かに越える軌跡を残し、空の彼方へと消え去っていた。
誰が測るまでもなく、本塁打である。正規の球場であれば、センターのバックスクリーンを直撃か…下手をすると、それすら越える当たりであったろう。
「………」
あんな球は、打たれて当然だ。打球が飛んだ先を見つめながら、大和はマウンドの上で立ち尽くし、溜息を零す。
それを横目に、亮は起死回生の同点本塁打にも浮かれた様子はなく、淡々とベースを一周していた。
(負けた…)
気負い込んで挑んだ勝負だったが、あっけない形で幕は下りた。“悔しい”と思うより先に、力が抜けてしまって何も考えられなかった。
それは、“甲子園の恋人”と騒がれていた高校1年生の時に、甲子園大会の決勝戦で打ち込まれ、成す術もなくベンチに下がった瞬間に味わったものと同じ“敗北感”であった。
「ゲームセット!」
試合はそのまま、引き分けで終わった。
双葉大は、亮の本塁打によって同点に追いつかれた。その余韻が冷めぬままに、2番の航君に初球を痛打されたが、それは運良く岡崎の正面に飛び、ショートライナーになった。
「おつかれさまでした」
引き分けとは言っても、9回2死まで追い込みながら追いつかれたのである。 にこやかに両チームに拍手を送ったエレナとは違い、双葉大のメンバーたちは、勝ちきれなかったという微妙に重い空気を背負っていた。
「雄太、草野球のチームに勝てんようじゃあ、まだまだやな!」
「は、はぁ」
「精進やな!」
「う、うす」
龍介のご機嫌な言葉に、雄太がいつものような軽妙さで応えられないのは、そういう心境にあるからだろう。
「それじゃあの、エレナ。ワイらはこれで引き上げるで」
「Yes! 今日は、VERY VERY THANKSでございました」
「なんの、なんの! ほんじゃ、夜、店でまっとるからの!」
試合が終わったことで、グラウンドを離れていくドラフターズのメンバーたち。雄太が皆をそろえ、改めてチーム全体で一礼をして送り出した。
「さて、それでは……」
彼等を送り出した後、エレナはベンチの前にナインたちを集め、試合の総括を始めた。その場には、主審を務めた栄輔と、亮と晶の姿がある。2番・中堅手として、地味ながらも重要な働きを何度もこなした航君も残っていた。