『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-219
三度目の正直、とは良く聞く言葉だが、期するものを抱きながら臨んだ勝負で結果を出したこと…。大和の喜びは、そこにある。
「ナイスバッティング!」
「ありがとう」
ウェイティングサークルの側に立つ桜子が差し出した手を、大和はパチンと弾く。快打を放った選手とそれを迎える者との間に、よくある光景である。
「すごかったなぁ。バットの音がしなかったから、何処に飛んだのか、あたし最初わからかった」
「自分でも、会心の当たりだったと思う」
本塁打の余韻は、まだグラウンド内に残っている。大和は、涼しい顔を崩さない。
「やっと、自分のスイングをさせてもらえたよ」
「そうなんだ」
「うん。チェンジアップを意識しちゃって、どうしてもタイミングが合わなかったからさ。でも、余計なことを考えるのはやめたんだ。“クロス・ファイヤー”を狙って、初球から振るつもりで行ったよ」
「そっかぁ」
大和が自分のバッティングについて、舌が滑らかになっている。それだけ、この本塁打が嬉しかったのだろう。
「次、バッター入ってくれるか?」
「あ、はいっ。ごめんなさい」
簡単なやり取りで済ますはずが、随分と話を長くしてしまった。主審の栄輔から催促を受けた桜子は、“あたしも、がんばってくるから”と大和にウィンクを投げかけて、打席に向かう。
「………」
可愛い仕草であった。会心の一打を放った高揚感とは質の違う動悸が、大和の中で鼓動を鳴らす。
「嬉しそうだな」
知らず顔が緩んでいたらしい。岡崎にしっかりと指摘をされてしまった。
「まぁ、あれだけの当たりを打ったんだからな…」
しかし彼は、大和の表情が緩んだ理由を取り違えていた。ちなみにこの試合、岡崎は本気の晶に対して無安打に抑えられている。なんとなく渋い表情なのは、篤実ではあるが、野球に対しては高いプライドを持っているからだ。
「次の回からマウンドに立つんだ。準備しておかないとな」
「はい」
雄太は所定の7回を投げ切った。打つ方では岡崎と同様に無安打であったが、エースである彼の投球は、序盤のもたつきから先制を許したものの、その後はしっかりと修正してきたので、充分に及第点を与えられる。
「俺でよければつきあうぞ、草薙」
「はい、お願いします!」
6回の頃から、既に肩は温めてきた。あと二十球ほど投げ込めば、肩は完全に出来上がるだろう。
「ファウル!」
シュッ… ピシッ!
「ボール!」
ヒュンッ… パシィッ!
「ファウル!!」
桜子が打席で粘っているうちに、大和は岡崎と向かい合って軽い投球を繰り返した。
ビュンッ! ビシィッ!!
「………」
そのボールを受けている岡崎は、グラブを通して感じるボールの手応えの良さに驚きの様子を見せている。
「なぁ、草薙…」
キィン!
「おぉっ!」
何かを言いかけた岡崎の声を遮るように、バットがボールを叩く音の直後にベンチが沸いた。見ると、桜子が一塁キャンバス上で、自らを祝うようパチパチとに両手を打ち鳴らしていた。どうやら桜子が、ヒットを放ったようである。
「桜子さん、ナイスバッティング!」
(…まあ、今はいいか)
問いたいことが宙に浮いた岡崎であったが、桜子の安打に沸くベンチのムードと同調した大和をはばかり、それを押し込めた。