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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-205

 その名を、しかし、大和は知らない。 軟式球界からプロの指名を受け、それを断った選手がいたという逸事は記憶の隅に残っているが、それがまさか、打席の中にいる亮の事であるとは思いもしなかった。
 ご存知のように大和は、“甲子園の恋人”として中央球界に名を轟かせた過去をもつ。わずか一年の輝きだったとはいえ、“陸奥大和”だった頃の彼の名は、球界の表舞台でスポットライトを浴びて光っていたのだ。輝いた記憶が失われて久しいと言っても、名を出せば必ず反応はある。なにしろ、全国発信のメディアの中で活躍していたのだから、意識をせずともその名は人々の記憶に刷り込まれているのである。
 それは、“木戸 亮”という名前ではありえない。そういう意味では、やはり野球は硬式が主流と言えるだろう。
 もっとも、本人はそんなことを意識していない。ただ、好きな野球をいろんな形で楽しむことが出来るなら、それで充分なのである。野球をするのに、垣根は何もない。
 話を、試合に戻す。
 打席で構える亮からは、静謐でありながら、凄まじい威圧感が放たれている。選ばれたスラッガーが持つ、独特の風格である。
(初球は、外からか……)
 桜子のミットが、外角低目の位置にあった。アウトコースというのは、相手の出方を窺うのに妥当な位置といえるだろう。
 雄太の左足がプレートを踏みしめた時、大和はぐっと膝を内側に引き締めて守備に備えた。

 スパン!

「ストライク!」
 投じられたストレートに対し、亮のバットは全く動く様子を見せなかった。 ストライクゾーンを通過するコースであったが、彼は意に介する様子もなくそれを見送った。
 2球目は、インコース低めへの緩いカーブ。
「ストライク!!」
 やや低い位置ではあったが、ストライクになった。それでも、彼のバットは微動だにしない。
(球種を見ているのか)
 追い込まれるまで、バットを振るつもりはないように思えた。相手投手の球筋を把握するには、早打ちはご法度であるが、一番打者として求められるそれを彼は遵守しているのだろうか。
(キャプテンの持ち球は、ストレートと二種類のカーブだ)
 大和は、これまで見てきた雄太の球種を反芻してみる。
 体躯の良さからは想像もつかない、柔らかい投球フォームから投じられる球種は、綺麗な球筋のストレートに、スライダーよりもスピードが緩いが、横の滑りがそれより大きいカーブである。
(ドロップ…。キャプテンの、ウィニングショットだ)
 大和がそう呼ぶ“ドロップ”というのは、さらに緩い速度で大きく曲がり落ちていくカーブのことだ。昨今ではほとんど耳にしなくなった、名前の古い球種でもある。
 手首の使い方や、ボールの弾き方がなかなか難しく、柔らかく強靭なリストを持っている雄太でもその習得には時間がかかったという。
 ちなみに、“ドロップ”という耳慣れない言葉で、自分の得意なカーブに名前がついたことを、雄太はことのほか喜んでいた。男子であれば幾つになっても、“必殺技”に憧れるものだ。
「ボール!」
「ボール!!」
 3球目は、アウトコースへのドロップではないカーブ。4球目はインコースへのストレート。二つとも、ボール1個分は意図して外しているが、際どいコースでもある。しかし、そのいずれに対しても亮は、振り出す様子もなく悠然と見送っていた。
(選球眼が良いというか……)
 相当な度胸である。追い込まれてから一振りもしないというのは、見逃し三振でもいいからとにかく球筋を見極めようと考えているからなのか…。
 これでカウントは、ツーストライク・ツーボールになった。勝負をかけるなら、次の球になる。そして当然、ウィニングショットである“ドロップ”を使うとしたらここしかない。
 桜子のサインは、“外角低めに、ドロップ”。考えることが一致している雄太は逡巡なく頷き、投球モーションを始めた。


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