『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-184
そういえば、葵との破局は、彼女の身体に触れる機会の減少から始まったように思う。葵が微妙な距離を置きだしたことに遠慮をしてしまい、自分から強いてその肢体を求めなくなったことが、その原因だった。
(そう、か……)
それを思えば、桜子に自慰をさせるほど間を置いてしまったのはやはり問題のあることだろう。
(桜子さん……)
満の話に触発されたわけではないが、大和の中で桜子を求める気持ちが大きくなってきた。
部室で彼女の自慰を見てしまった後に、自分の中で肥大化した"エゴ"は、バイトに勤しむことで抑えられていたのだが、それが再び主張と膨張を始めている。
(明日、なんて……言っていられないな)
大和はこの時、アルバイトが終わったら蓬莱亭に行くことを決めた。時間が遅くなろうが、疲れていようが関係ない。
とにかく大和は、桜子に逢いたくて仕方がなかった。男のエゴを核にしながら、桜子を求める気持ちはいよいよ、大和の中で抑えきれないほどに大きくなっていた。
バイトを終えた大和が、半ば駆け足で蓬莱亭の前までやってきた時、平日の閉店時間である23時30分を少し越えていた。
『お姉ちゃん。暖簾しまうよー』
『ええ、お願いね』
そんなやり取りが聴こえてから、桜子が玄関の外に出てきた。なんというタイミングの良さであろうか。ほんの些細なことだが、彼女との間にある絆を感じて嬉しくなる。
「あ、ごめんなさい。今日はもう、閉店なんです」
「僕だよ」
「えっ」
暗がりの中にいたので、客だと勘違いしたらしい。
「大和君、来てくれたんだ」
申し訳なさを多分に含めた、いわゆる“業務仕様”の笑顔を見せていた桜子だったが、人影が客ではなく、大和だということに気が付くと、その笑顔に“喜び”と“艶”を交ぜてくれた。
「遅いから、迷惑かなとは思ったんだけど」
「そんなことないよ。いらっしゃい」
桜子は喜色満面に暖簾を抱えながら、大和も共にして、店の中へ戻った。
「おや、大和君やないか」
「こんばんは。遅い時間に、申し訳ないです」
「いやいや、気にせんでええよ」
閉店を迎え、店内の床掃除を始めていた龍介。愛想の良い丸顔に浮かんだ笑みには、客に対するものとは違い、家族を迎え入れる時のような暖かみがこもっている。
閉店後の蓬莱亭にやってくるとしたら、それは、義妹の桜子に逢うのが目的のはずである。“こんな遅い時間に、大事な妹のところに通ってくるとは!”と怒鳴りつけることは、もちろんない。既に二人が男女の一線を越えていることは、訊かずとも龍介にはわかっていることだ。 桜子が大和の部屋に通い、半ば同棲している状態を考えれば、二人の間に艶ごとはないだろうと、考えるには無理がある。
もっとも、それさえも龍介は認めている。彼自身が、大和のことをとても気に入っているからだ。二人の絆が将来的なところまで深く繋がっていくことを、最も強く望んでいるのは、他ならぬ龍介なのである。
「ごめんね。もうちょっとで、終わるから」
後片付けが終わるまでは、仕事の最中である。いくら保護者公認の恋人が家に来たからといって、そのあたりを蔑ろにしてはいけないという自覚が、桜子にはある。
かといって、水浸しになっている場所に、彼を待たせるのはいささか忍びない。
「先に、部屋に上がってて」
桜子は当然のように、大和を自室に誘っていた。
『いいのかい?』
とは、彼も聴き返さない。蓬莱亭に脚を運んだときは、何度となく彼女の部屋に先に上げてもらっていたから、そのやり取りには慣れたものがある。