『SWING UP!!』(第1話〜第6話)-107
「来たね」
「あ、あれ、晶さん!?」
練習場には、先客が居た。しかも、知らない顔ではない。先だって話に出てきた蓬莱亭のお得意様である“木戸 晶”その人である。
「な、なんで? どうして、ここに?」
桜子の頓狂な声が、ここでも高く響いた。彼女は自分が監督を勤めている少年野球チーム“城南エスペランス”のユニフォームを着ているから、野球に関することだというのは想像もつくが…。
「なんだぁ?」
先客は、それだけではない。晶を中心にして、ユニフォームに身を包んだ少年たちが入念なアップをしていた。もう一人、晶の側には小柄な男性がいたが、始めは少年たちにまぎれていたので誰も気がつかなかった。
「ちびっこいのが、わらわらと……」
雄太の惑いは、皆の総意である。まさか、新しい監督である長見エレナとミーティングに時を費やしていた時に、練習場を使用されていたとは知らなかった。
「これは、監督ですか?」
岡崎の指摘は、正しかった。彼の問いに、エレナは逡巡もなく頷いていた。
「皆さんに黙ってグラウンドを使わせたのは、申し訳なく思います。一応、トマブチ先生には許可を得ていたのですが……」
「いえ、責めているわけじゃないですよ」
岡崎は、先にエレナが口にした“皆さんの力を見せてください”という言葉に納得した。
「それに、チームの指導者はあなただ」
だとしたら、自分たちはそれに従うだけである。
「オカザキさんは、とても誠実な方ですね」
「い、いえ……」
エレナの満ち足りたような微笑を浴びた岡崎は、彼らしくもなく困ったように視線を泳がせていた。照れたのである。
(行動力のある人だな……)
どうやら、彼女は練習試合を既に用意しておいたらしい。試合の中で、各人の実力を図ろうというのだろう。確かにそれが、戦力の把握には一番近道である。穏やかな雰囲気を持っているが、なかなかに打つ手は早いと岡崎は感心し、いきなり見せてくれたその指導力を頼もしく思った。
「みんな、集まって!」
少年の群れが、晶の言葉に整然とした動きを見せ、若々しい気迫を纏ったまま双葉大の面々の前に連なった。
その中でキャプテンと思しき少年が一歩進み出た。彼が帽子を取ると、それに倣うようにしてチームの皆もひさしの下に隠れた童顔をそれぞれに晒した。
「よろしくお願いします!」
覇気のある声が響くと、いっせいに童顔たちが礼をした。躾の行き届いたチームである。
「お、おい、みんなも並べ!」
気持ちの整理がつかず、何となく乱雑になっていたチームメイトたちに声をかけ、雄太がそれを纏める。少年たちの邪気のない清廉さに刺激を受けたのだろう。
雄太は、子供たちを指導していると思しき女性の前に立つと、やはり帽子をとって、深く頭を下げた。
「双葉大学の主将で、屋久杉雄太といいます!!」
「あはは、そんなに固くならないで。びっくりさせて、ごめんね」
雄太が顔をあげた時、それを待っていた女性の顔は笑顔に満ちていた。品のある陽気さが備わっている、とても凛々しい笑貌だ。
「城南エスペランスの監督をしている、木戸 晶です。あなたたちの新しい監督さんとは同じ大学の出身なの」
「そ、そうなんですか……」
差し出された手を、雄太は遠慮がちに握った。華奢な柔らかさに触れて、雄太の胸は躍ったが、背後で品子の殺気がしたのでそれはすぐに冷えた。
雄太はすぐに、晶の側にいる男性にも目を向ける。陽気な晶の雰囲気に隠れるような、寡黙な印象を受ける人だった。
「こっちは、監督さんに訊いたほうが早いわね」
晶の言葉に、皆がエレナの方を見る。困ったようにエレナは頬を掻いたが、ややあって観念したように言葉を継いだ。