『SWING UP!!』（第１話〜第６話）-108
「ＨＥ’Ｓ ＭＹ ＨＵＳＢＡＮＤ」
「え！？」
『結婚していると訊いていなければ、口説いていたでしょうね』
不意に、苫渕の言葉を思い出す雄太と品子であった。
「よ、よろしくお願いします」
まさか監督の旦那さんまでが練習に付き合ってくれるとは思わず、雄太は恐縮した。それまで一言も発しなかったその男性はふいに口元を緩めると、
「暇だったからな。まあ、今日は頼むわ」
と、言った。
言い方そのものは素っ気ないが、決して冷えたものではなく、充分な温かみが備わっているので、寡黙な中にも篤実なものがあるのだと皆は感じた。
「わたしたちのチームは、まだアップをしていませんから。ごめんなさい、アキラ、エイスケ。もうしばらく、待っていてください」
「ええ。ケガは怖いから、入念にね」
「暇を持て余してる身だ。焦ることはねえよ」
エレナの夫である栄輔は“暇”を連発している。なにしろ、海外出張を終えて帰国してから、長い休暇をもらっている身だ。だから、エレナの頼みを聞き入れて今日は審判としてこの練習試合に付き合うことにした。実際の話、彼もかつては野球に汗を流していたから、その空気に久しぶりに触れられることは、顔には出していないが嬉しく感じている。
「さ、キャプテンさん。ほうけている場合ではありませんよ」
「あ、は、はい！」
矢継ぎ早に予想外のことが襲い掛かってきて、さしもの雄太も余裕を失っている。
「しまっていこう、屋久杉」
「お、おう！ よっしゃ、みんな行くぜ！」
それを援けるようにして岡崎が雄太の背を軽く押すと、従うように雄太は体を温めるためのランニングを始め、チームメイトもそれに従った。
「………」
晶の前を行き過ぎる瞬間、桜子はその顔を目で追った。ユニフォーム姿の彼女を見るのは、実に久しぶりだ。思い起こせば、彼女が選手として隼リーグの試合を戦っていた時まで遡らなければならない。
（なんだか、イキイキしてる）
普段の彼女も陽気を持っているが、今日はそれ以上に輝かしいものを背負っている気がする桜子であった。
「試合は５回までです。それと、相手チームは監督さんが投げますから」
入念なアップを済ませ、とりあえずエレナを中心に円陣を組む双葉大の面々。急な展開に惑った雰囲気は既になく、きびきびとした動きを見せている少年たちの覇気が伝播したような緊張感を、皆は有していた。
「オーダーは、いまはとりあえずキャプテンが決めてください」
「わかりました」
チームの新参である桜子と大和のポジションについては既に昨日決めてある。後は打順だけであったのだが、取りあえずは空いているところにそのまま二人をはめ込んだ。
オーダーは、以下のとおりになっていた。
１番：栄 村（中堅手）
２番：草 薙（三塁手）
３番：岡 崎（遊撃手）
４番：屋久杉（投 手）
５番：若 狭（一塁手）
６番：吉 川（二塁手）
７番： 浦 （左翼手）
８番：蓬 莱（捕 手）
９番：本 間（右翼手）
とりあえず、先攻めは双葉大である。大学生と、小学生のチームが対戦することになった。年下の相手に負けるわけには行かないので、むしろ気負いは双葉大の方にあるだろう。
晶が投球練習を始めた。
（管弦楽さんに、似てるな……）
とりあえず２番に座っている大和はウェイティングサークルの中で、その柔らかな投球フォームを見てそう思った。体躯がいいとはいえ捕手を務めるのはまだ児童であろう少年だから、おそらくは相当に加減を抑えているであろうが、それでもなかなか小気味のいい音が響いている。