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記憶のきみ
【青春 恋愛小説】

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記憶のきみ7-4

『……あの、それはどういう……』
「この間は悦乃を家まで送り届けて頂いて……すみませんね」
『……いえ、そんな』
「瞬くんみたいな子が目を付けて頂けるなら安心だわ。悦乃をよろしくお願いしますね」
悦乃の母は何事もなかったかのように深々と頭を下げた。
『……はい』
「瞬くん!私の部屋に行こう!」
悦乃が背中を押してくる。
『……ああ。失礼します』
とりあえず母親に頭を下げ、リビングを出た。

階段を二人で上がり終わると、悦乃は奥を指差した。
「……そこの部屋だから、入って待ってて。私はコーヒー淹れてくるから」
悦乃はそれだけ言うと、早足で階段を下りていった。
『…………』
瞬はゆっくりとドアノブをひねり、室内へと足を踏み入れた。
室内はやはり白基調で整理整頓が行き届いている。
『………すげぇ』
その中で特に目を引いたのは、黒光りするグランドピアノだった。
思わず近づき触れてみる。
すると、ちょうど悦乃が入ってきた。
「はい、これ」
悦乃はカップを瞬に渡すと、ピアノの椅子に座った。
『……すげぇなこれ』
「私の宝物なんだ。どうしても二階の自分の部屋に置きたかったから床の補強までして」
『マジかよ』
「うん。ただでさえ高価なグランドピアノなのに、余計なお金を出させるなって怒られちゃった」
悦乃はクスクス笑いながら言った。
『……はは』
「………」
すると、悦乃は無言でピアノを弾き始めた。

聞いたことのない曲だった。とても難しい曲というのは理解できるが、詳しいことはわからない。
ただ、とても気持ちのいい旋律だった。
無心で目を瞑っていると、やがてピアノの音色は止んだ。
「ふう、あれ、コーヒー冷めちゃうよ」
『……あ、ああ』
瞬は慌てて生ぬるいコーヒーに口をつける。
「おいし」
『……レッスンでも通ってたのか?』
「え?んーん…病院にピアノがあってね、入院とかするたびに弾いてたら…そのまま…」
悦乃はあははと笑った。
『……そっか』



『じゃあまたな』
「うん、またね」
数十分後、瞬が家を出た途端、悦乃は走ってリビングへ向かった。
「お母さん!!」
強くドアを開けるとすぐさま怒鳴る。
「なに?」
「なんで瞬くんにあんなこと言うのよ!」
「あら、アシストしたつもりだったんだけど」
母はうふふとおしとやかに笑った。
「まだこわくて言えないのにー!瞬くん、明らかに変な顔してたじゃない!」

「……悦乃」
「……なに?」
「勇気を出すのもいいと思うわよ」
「え?」
母はそれだけ言うとキッチンへ向かい、それ以上なにも言わなかった。

部屋に入るとコーヒーカップを片付ける。
瞬のカップが目に入る。
「……瞬くんの飲んだカップ……」
ふといたらぬことを考えたが、すぐに目を逸らし、カップを片付ける。
「………うぅ…あたしのバカ…」
悦乃は勢いよくベッドに飛び込んだ。
「……はぁ、勇気ね…」


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