『STRIKE!!』(全9話)-99
「ね、もうちょっとこのままでいい?」
時間を見ると3時になろうとしている。もう1時間もすれば、外出班のうち誰かが戻ってくるだろう。余裕がある、とは言い難いが。
「しばらくなら」
晶の幸せそうな顔を見ていると、断る気にはなれなかった。
「ん……ありがと」
胸に頬を寄せたまま、晶はすぐに安らかな寝息をたて始めた。その姿、とても快記録を残し続ける左腕投手と同一人物に思えない。
こんなにも自分に信頼を寄せてくれることに、亮は愛しさと同時に、今日の身勝手な自分のセックスを反省せずにはいられないのだった。
「ごめんな」
もう一度、その寝顔にささやくと、その細い体をそっと抱きしめて、自分もまた軽い眠りの中へとその身を置くことにした。
遠征先での思いがけない情事。午前中の試合と併せて疲労しきった精神と肉体は、すぐにその意識を遠くに浚っていった。
「ああ、佐倉さんじゃないですか」
「?」
ふいに名字を呼ばれ、振り向いた先には、ささらぎに同宿している麗人の姿があった。
「あ、藤堂さん」
「こんにちは。試合はどうでした?」
今日がその日であることを、智子は善三から聞いていたらしい。
「おかげさまで」
眩いばかりの玲子の微笑が、結果を示している。
「あの……ぶしつけでごめんなさい。藤堂智子さんて、『甲子園の風』をお書きになった作家の方ですよね?」
「? ……ええ、そうです」
自分の記憶を掘り起こしていたのか、少し考えこんでから、智子は笑みを浮かべて頷いた。
「3年ぐらい前の話なのですけど………ありがとうございます」
「い、いえ、そんな」
玲子は恐縮していた。目の前にいるのは、間違いなく今をときめく女流作家・藤堂智子だとはっきりしたのだから。
「智子さーん、場所、わかりましたよ」
遠くで智子を呼ぶのは昌人だ。なにやら地図を片手に手招きをしている。
「ごめんなさい。連れが呼んでいるので」
「え、ええ」
少し、残念そうな玲子。いろいろと訊きたいことがあったのだが、なにひとつ口から出てこなかったからだ。なにしろ、突然の邂逅だったので、機会があったら訊こうかなと思っていたことが、全て飛んでしまったのだ。
「佐倉さん、よかったら今晩にでもお話をしませんか?」
それを見通したように、智子が誘ってくれた。
「いいんですか?」
「佐倉さんさえ、よろしかったら」
「それじゃ……」
いろいろと確認しあったあと、智子は昌人の方へ歩いていった。
しばらくその背を見送っていたが、智子が昌人の腕を自分から組んでいったところで、
「玲子さん、お待たせ」
と、呼ばれ我に帰る。見ると、土産物屋から直樹が姿を現したところだった。
「もういいの?」
「ああ。あらかた、終わったから」
直樹は手に白い袋をぶらさげている。家へのお土産というのだろう。
(昨日のアレ……あのふたりだったのね……)
「玲子さん?」
直樹はなにやら顔を赤らめている玲子を覗き込み、怪訝な顔をしている。
「なんでもないの。じゃ、帰ろうか」
智子に倣うように、自分から恋人の腕を捕まえた。
「れ、玲子さん!?」
「うふふ、いいじゃない。そんな気分なのよ」
相変わらず、プライベートになると年上とは思えない無邪気さを振りまく玲子であった。