『STRIKE!!』(全9話)-70
「…………」
「…………」
息の届く場所に、エレナの顔。そして、唇には柔らかいもの。それは、いつかの記憶を呼び覚ます。
熱に浮かされたような瞳を薄く見開いて、顔を離したエレナの吐息には、アルコールの香りが含まれていた。
「よ、酔ってるだろ?」
長見は、いきなり奪われた唇の感触に動揺し、いまだ眼前から離れない青い瞳にどぎまぎする。
「酔ってません」
むう、と彼女にしては珍しく、唇を尖らせて不満を隠さず表情に出していた。
「あの、絡み上戸?」
「酔ってないです……」
そういうや、ふたたび唇を寄せてきた。腕をしっかりと極められているので、逃れることはできない。厚く、瑞々しく、そして柔らかいものが口をふさぎ、息を止められた。
「!!!」
なにやら、ぬる、としたものが舌に絡まる。その形容しがたき感触に、長見は目を見開いた。思わず顔をエレナから離してしまう。勢いが強すぎたのか、後頭部を壁にぶつけ、一瞬星が散った。
「………」
エレナの口から引く銀糸。それは、彼女の意志をのせているように、名残惜しげに長見を離さなかった。
「エイスケ……」
青い瞳が、潤む。その息づかいが、何かを求めて荒くなっている。
長見の動悸は、彼の躊躇いも余所に、だくだくと熱いうねりを発していた。
「あ、あの、な……」
「………」
「お、俺も男だからな、その……あー……その気になっちまうじゃねえか」
「その気になって………ください」
エレナが、やにわ長見の右手を掴むと、それを自分の胸に押し当てた。想像したこともない、とてつもなく柔らかい部分に手が沈む。
あわあわと、右手から伝わる快美感にわななく長見。
果たして、いったい、どういう流れでこんなことになったのか? 動揺する意思の中で冷静な彼の意識が、時を遡る。それは、ひょっとすると逃避といえるかもしれないが。
試合が終わった後、最後の打者だったこともあり、長見はどうしようもない脱力感に襲われた。
気持ちを切り替えようとして、何かを考えようとしても、その度に浮かんでくる9回裏の一塁ベースを目指したデットヒート。
もう少し、打球を殺せていたら。もう少し、速く駆け抜けることができていたなら…。それは悔いという形で長見に突き刺さる。
チームメイトたちは、みな健闘をたたえてくれた。あの晶でさえも、「惜しかったね」と自分を労ってくれたのだ。それでも、激しい無力感は消えることはなかった。
どうやって、部屋に帰ってきたのか、よく覚えていない。エレナがなにかを話し掛けてくれたこと、そして、それに自分も答えを返していた覚えはある。だが、その中身はすっぱり記憶の中から抜け落ちていた。
帰り着くなりベッドに横たわり、まどろみに沈みかけたとき、インターフォンが鳴った。すぐあとにエレナの声が聞こえたから、長見はドアを開け彼女を迎え入れた。
エレナは両手にナイロン袋を持っていた。その中身は、ビールとおつまみ。彼女の意図するところをすぐに察知した長見は、それも悪くないなと思った。