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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『STRIKE!!』(全9話)-69

「味な真似を!」
 管弦楽が、慌ててダッシュをかけてきた。それを見て、今井が空いた一塁ベースのカバーに入る。虚をつかれながら、その洗練された動きは、さすが強豪。
 管弦楽がボールを直接捕まえたとき、既に晶はホームに滑り込んでいた。しかし、今は二死だ。管弦楽は本塁のことなど放念して、一塁に向かって全力で投げる。長見の脚を考えたとき、悠長なことはしていられない。
 長見は、走った。思ったより打球が死ななかったのを、知っていたから。だから走った。
 カバーに入るところだった投手のグラブが、ボールを掴んだ。そして、彼もベースに向かって走ってくる。
 わずか数メートルの競争。時間にして2秒にも満たない。しかし、当事者であるにもかかわらず、まるでスローモーションの映像を見ているような感覚に長見は包まれていた。
 ベース上を、ふたつの影が走りぬけた。思い切り前傾で駆け抜けた長見は、踏んだベースに脚がもつれて、そのまま転んでしまう。
「エイスケ!!」
 回転を繰り返す中、エレナの叫びだけは、はっきりと聞き取れた。
 2,3度ほど前転をして、ようやく長見は体勢を整える。
 瞬時の空白の後、思い出したように振り返った先に見る審判の手が……、
「アウト! ゲームセット!!」
 高々と、天をつくように挙がっていた。



 試合は負けた。昨年の優勝チームを相手に、3対4で。惜敗である。
 チームは現地で解散し、そのまま亮と晶は部屋に戻ってきた。
「亮」
 中に入るなり、晶がしがみついてきた。お互いに禊ぎを済ませていないから、汗と土の匂いがする。
「……ゴメン、しばらく、このまま」
「ああ」
 亮は、晶を優しく包みこむように、その背に手を廻す。慰めの言葉はかけたりしない。
 そのかわり、晶と自分が抱えている悔しさというものを、ともにわかちあうように、その華奢な身体を抱きしめた。
「野球が楽しいって、思い出したけど」
 顔を亮の胸に埋めたまま、晶が言う。
「負けるとこんなに悔しいっていうのも、いま思い出した」
「そうか」
 亮はそっと、晶の髪を梳っている。
「まだまだ、だね、あたし。速い球だけで、満足してた」
「………」
「もっと、もっと、頑張んなきゃ……」
 しかし、裏腹に声はどんどん沈んでいく。
「晶」
「?」
 不意に亮は、晶の肩に優しく両手を乗せると、お互いの顔が見えるところへ、身体をそっと離した。
「亮?」
「俺たち、櫻陽大に去年、2試合ともボロボロに負けちゃったんだ。それこそ、試合にならないぐらい。俺、最初の試合には出てなかったけど、2試合目でマスクを被ったときには、やっぱり、どんなにリードしても打たれたんだ」
「………」
「あのときは、苦しくて、悔しくて、哀しくてさ……でも」
「?」
「先輩……二ノ宮さん、あのセンターの人な。あの人、どんなに点差が離れても手を抜かずに本気で相手してくれた。勝ってるチームなのに、ユニフォームを俺たちよりもどろどろにするくらいにさ。あの人には、その試合で4本もヒット打たれたんだけど、最後の打席で三振に取った。試合で、よかったなって思ったのはそれだけだったけど、それでも、とても嬉しかった」
「………」
「嬉しいのも、悔しいのも、辛いのも、楽しいのも、全部ひっくるめて野球なんだよな」
「そう、だね」
「じゃ、元気だせ」
 亮は、顔を近づけて、晶の唇に自分のそれを軽く重ねた。
「ん………亮?」
 その不意打ちに、しばし動きを止める晶。
「まだ、開幕したばかりだ。これから、あと9試合も野球ができる。いろいろあるぞ、きっと。……楽しみだろ?」
「……そうだね!」
 ほんの少しの思案顔は、はじけるばかりの笑顔に変わる。そして、晶は、今度は勢いよくしがみついて、
「お返しっ」
 と、亮の唇に優しく噛みついていた。





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