『STRIKE!!』(全9話)-48
「城二大に、野球部があるなんて知りませんでした」
「軟式だからな。それに、俺も入ったばかりだ」
「そういえばこのところグラウンドが占領されてますね」
「う」
間違いなく、軟式野球部の面々だ。誰も使っていないのをいいことに、ほとんど自分たちのホームグラウンドにしてしまっているのだが、本当は寡占してはいけないことになっている。もっとも、誰からも注意が出ていないのか、大学側からそれらしい指摘はないのだが。
「みんな、楽しそうに野球をしていましたね。本当に、楽しそうに……うらやましいです」
少し、エレナの表情に影がさす。長見の胸が、わずかに鳴った。だからだろうか、普段の彼からは、想像もつかないぐらいに素直な気持ちが出て来た。
「なんなら、いっしょにやるか?」
「WHAT?」
エレナは聞き取れなかったらしい。疑問符を顔に貼り付けて、長見の方を見る。言い直すのが非常に恥ずかしい長見だったが、意を決するともう一度口を開いた。
「いっしょに、野球をやらないか?」
「いいんですか? わたし、女の子です」
胸をぼいんと弾ませて、そのことを強調する。……向かいのオヤジに怨念の一瞥をくれてから長見はエレナに言った。
「俺たちのエースも、女だぜ」
「!」
「あ、監督も女の人なんだぜ。なんかそのへん、かなりリベラルらしくてな」
「OH!」
「だから何も問題なんかねぇ。あんだけ野球ができるんだから、なあ……いっしょにやろうぜ」
「EXCELLENT!!」
ぐわ、となにやら質量のあるものが長見の面前を覆った。頭全体を、柔らかいスポンジのようなもので包まれている。そして、懐かしく暖かく甘い何かが、鼻腔をくすぐってくる。まるで、母なる大海に身を任せ、成すがままに漂っているかのような――――、
「―――………って、や、やめんかい!」
エレナが感極まって、長見の頭をそのダイナマイトバストに抱えていたのだ。なんとか誘惑を振り切り、それごと頭を引き剥がす。
場所を考えると、それは非常にまずい行為だ。事実、店内の視線は突然に熱い抱擁を交わした(傍から見ればそうとしか見えない)二人に視線を注いでいる。可哀想に、お茶を取り替えようとしていた心優しきアルバイトの娘が、その瞬間に出くわしたものか、顔を真っ赤にして時を止めていた。
「あ、あは。はしゃいでしまいました……」
エレナもそれはわかっているらしい。苦笑しつつ、気まずげに頬をかく。
「で、出るか……」
「そう、ですね」
この白けた雰囲気から逃れるには、当事者たちが去るより他はないと、そういうことで意見は一致していた。
「で、でかい……」
エレナを一目見た、部員たちの第一声である。その視線がどこにあるか、言うまでもないだろう。
「あいたぁ!」
亮の情けない声が響いた。彼も、皆と同じ視線をこの入部希望者に注いでいると察知した晶が、思い切りその足を踏んだのだ。もちろん、ぐりぐりも忘れていない。
「う」
その声に、メンバーたちも自分たちの礼を失した行為に気づいたか、一様に目線をその部分からそらす。
まあ無理もないだろうと、ひとり長見は冷静にその場を分析していた。入部希望者が女の子で、しかも自分たちより背も高く、なおかつダイナマイトボディの持ち主だったのだから。
「柴崎エレナといいます」
そういって深々と頭を下げるエレナ。起こした顔には無垢な笑顔が浮かんでいて、自分が奇異の視線で見られていたことなど一向意に介さぬ風である。
「よろしくお願いします。球ひろい、雑草とり、炊事、洗濯、なんでもやりますので」
再び、頭を下げる。