『STRIKE!!』(全９話)-277
「特集記事、組まれてたじゃねえか」
「あれは困ったよ。正直、何を喋っていいかわからなかった」
「プロにも指名されたヤツだからな。木戸が想像してるよりも、軟式の世界じゃ有名なんだぜ、おまえ」
「う、うーむ……」
長見の言葉に、亮は唸る。自分ではあまり意識していないことだが、やはり世間的にはそうはいかないらしい。
卒業が近づき、進路について煮詰めていたころの話だ。亮は既に教職課程を修了しており、高校地理・歴史の教員資格を取得していた。だが、思うところがあり、彼は大学院に進んで、そこで中学の教員資格を得ようと考えるようになっていた。
理由は二つある。ひとつは、最近テレビをにぎわせる中学世代の凶行。いつもその事件に出くわすたびに、まるで自分のことのように心を痛めてきた彼は、中学校の教育における現状と、中学生になった子供たちの心の中に起こっている何かを見極め、微力ながらも手を尽くしたいと強く思った。このあたりは、在野にありながら実は高名な教育者である母親の影響を受けている。
ふたつめは、野球人気の凋落である。かつての隆盛が嘘だったかのように、今、日本野球界は危機を迎えている。メジャーリーグに、名も実績もある選手が次々と流出していったのはその原因のひとつであろうが、だからといって指名を受けて入団する選手たちが口々に“夢はメジャーです”とはっきり言ってしまうような現状は、幼い頃から日本のプロ野球を愛してきた亮としては淋しい限りだった。また、“将来なりたい職業”で圧倒的な人気を誇ってきた“野球選手”という条項は“クリエイター”“ミュージシャン”“プログラマー”といった世相を映すような職業が子供たちの夢になっていく中、今では上位のランクからは弾かれて、１０位圏内にいるのがやっとという状況だ。
そんな社会と球界の現状に、自分がどこまで貢献できるか…“貢献”という言葉は傲慢かもしれないが、しかし、ひとつのボールを皆で追いかける“野球”というスポーツの魅力を伝え、他の人と共に何かの世界を、汗を流して共有する楽しさを感じて欲しいと、亮は思っている。その充足感がきっと、子供たちの“飢え”を満たしてくれるはずだという信念も、いつしか生まれていた。それは、同じ教育者の道を歩む高校時代の先輩・二ノ宮昭彦と酒席で何度も語り合う中で、形を作った願望でもある。
そういう将来への指針が固まりつつあった矢先、プロ球団・千葉ロッツマリンブルーズのスカウト・壬生篤から連絡が入った。“今冬のドラフトで、君を指名させて欲しい”と、彼はこう言うのだ。まさか自分が憧れていた世界から誘いがかかるとは想いもせず、青天の霹靂ともいえる申し出に亮は驚くばかりだった。
草莽の中から幾人もの名選手を生み出してきた壬生は、球団から１枠の“優先指名枠”を特別に貰っている。球団の方針や現場の要望を度外視して、壬生が将来性のある選手だと睨んだ人物を一人だけ独断で指名しても良いという、名スカウトとして名を馳せる彼らしい特権だ。
そして今年、彼が選んだその選手が、亮となったわけである。
定まりかけていた将来の指針。それが、大きく揺らいだのは確かだ。球児ならば誰もが憧れるプロの世界。その場に続く扉への鍵が、目の前に差し出されている…。
リーグ戦の成績に影響するほど、このときばかりは亮も思い悩んだ。だが、それを吹っ切ってくれたのは、亮にとって大きな支えになっていた晶であった。
『あなたが本当にやりたいことって、なに？』
そう訊かれて、亮は思う。それが“野球”であることは間違いないが、もうひとつ忘れていけないものもあった。
“絆の輪をつくり、ひろげていくこと”…母親からいつも聞かされていた、一期一会の中で生まれる大切なものを、大事に育てていこうという精神。
瞬間、亮は迷いを払った。壬生に連絡し、プロ選手になる意思がないことを彼に伝え、亮は確固たる意志の中、学業に精を出した。
それでも、千葉ロッツはドラフト外で亮を指名してきた。それは壬生の、彼を必要とする想いの表れであり、“指名する”と言ったことに対する誠意だったのかもしれない。そんな熱烈ともいえる壬生の気持ちに感じるものがないではなかったが、亮は改めて入団しない意向を自ら壬生に直接伝え、壬生もため息交じりにこれを受け入れた。
軟式球界からプロの指名を受け、これを拒否した選手……ある意味、センセーショナルであったこの一件は、球界の中で話題を呼んだ。拒否した理由として語った彼の言葉が、非常に高潔で清廉なものであるということが、話題沸騰に拍車をかけた。