『STRIKE!!』(全9話)-254
「ははははははは!!」
感傷にも似たセピアの瞬きは、高笑いによって浚われた。4番の管弦楽である。
「我らが御大将の、捨て身の頑張りぞ! ここで応えねば、漢ではないッ!!」
きらり、とその瞳が光った。彼もまた、二ノ宮の奮闘に感激を覚えていたのだろう。バットを高々と掲げ、まるで“勧進帳”の武蔵坊弁慶のように打席を前に仁王立ちする管弦楽。
(大袈裟なんだよ、まったく)
二ノ宮は一塁ベース上で苦笑しながら、管弦楽の一人芝居を鑑賞していた。
「………」
晶と、管弦楽とのこの試合の対戦成績は、4打数1安打。数字で見れば、抑えているといっても言い。しかし、その内容を考えれば、楽観を抱くことなどできない。
レベル0を初めて使った打席こそは、当たり損ないの三邪飛に打ち取った。だが、それ以外では全て芯を喰われ、好守備がなければ取り返しのつかないところであった打球も放たれている。
バッテリーの間に走る緊張。そして、野手の間に流れる不安。亮の脳裏には、一瞬、“敬遠”の文字がよぎった。
「亮!」
そんな弱気を破るような、晶の声。弾かれるように彼女の方を見た亮は、その顔に浮かぶ輝かしい笑みを見て、我に帰る。
「晶……みんなも……」
晶だけではない。自分が相対する野手陣の誰もが、亮に勝負を訴えかけていた。
「監督……キャプテン……長見君……」
ベンチにいる、直樹と玲子も同様だ。長見も、声を発するにも痛みが走るというのに、躊躇いもなく激励を飛ばしている。
「……よし」
肝は決まった。勝負だ。
「プレイ!」
亮の覚悟を後押しするかのように、高らかな審判のコールが響く。いよいよ、勝負の舞台はクライマックスの部分に達していた。
(これでいくぞ!)
迷うこともなく、レベル2を要求した。
二ノ宮が得意とする奇襲盗塁を警戒しなければならないからセットポジションで投球をしなければならないが、投球フォームが修正された晶は、セットからのレベル2もその球威に衰えはなくなっている。
晶は力強く頷くと、一塁ランナーを目線で牽制した後、投球を始めるために脚を上げた。
振りかぶったときのそれとは違い、どちらかといえば摺り足に近くなった脚の運びではあったが、鉛のように安定した下半身が固定された発射台となり、柔らかい上半身の筋肉がバネ仕掛けのように跳ねて、それがさらにしなりを生んだ左腕で力を増幅させて、指先から勢い良くボールを弾きだした。
「!」
ゴウッ――と唸りをあげるようなストレートが、管弦楽の胸元に襲いかかる。
「ストライク!」
管弦楽のバットは微動だにせず、亮のミットが激しく打ち鳴らされた。
(す、すごいぞ……)
捕球の瞬間、左手の甲まで痺れがきた。それだけ、凄まじい威力を有した速球だということだ。最終回に来てもなお、成長を続ける晶の球威。
「やるな、近藤晶!」
そんなストレートを前にしても、管弦楽は戦意を萎ませない。
「強敵を打ち砕いてこそ、その勝利には価値がある!!」
むしろ、さらに昂揚したような様子で、そのバットをきりりと構えた。
二球目もインコースに。今度は低めのボール球。さすがに良く見えている管弦楽は、これを簡単に見送った。
三球目はアウトコースに、レベル2。それでもなお管弦楽のバットは微動だにしない。際どいところを突いたのだが、判定はボールになってしまった。
1ストライク、2ボール。ここは、ストライクを取らなければならない。
亮は、四球目として迷いなくインコースへのレベル2を要求した。それに応えるように、初球の時のようなその胸元を抉る直球が、晶の左腕から放たれた。
「!」
ここで初めて、管弦楽のスイングが始動した。
強靭に引き締まった筋肉で構成されている腰周りが捻れるように回転し、旋風を巻き起こす。しっかりと安定した体の軸を中心に、猛烈な遠心力がバットの先に生じて、晶の唸るようなストレートと、ガチンコ一発、激突した。