『STRIKE!!』(全9話)-24
「な、なんだよ。触ってみろっていったの、近藤じゃないか」
「………」
真に受けないでください。
(野球のことになると、人が変わるんだから………)
その積極性で、普段の自分もかまって欲しいものである。完全に恋人同士になったわけではないが、それに近いものはあるのだから、晶としても亮の無意識なつれなさにはそれなりの不満を感じてすまうのだ。
「近藤。遠慮なく放っていいからな」
おそらくこの朴念仁は、晶のことを同僚あるいは盟友として見ているのだろう。とにかく野球から離れない彼のことを、それでも強く心惹かれている自分がいることを晶は自覚しているのだが、それは惚れた弱みというやつだ。
「アンタに遠慮なんかしないわ。最初から全力で行くわよ」
「よし」
ぽん、とキャッチャーミットで頭を撫でられた。また、胸が高鳴る。
「まずは、楽しもうぜ!」
そう言って、亮は持ち場に戻った。
(いまのあいつ、私がオンナのコだって意識あるのかな……)
いまだに動悸が収まらない胸を、何とか深呼吸で整え、晶は再び空を見た。
(さあ行くよ、晶)
審判の声がかかり、亮が真ん中にミットを構えたとき、晶はプレートを力強く踏みしめて、大きく振りかぶった。
回は進む。いつもにはないペースで進む。
はっきりいって、ベンチで座っている時間の方が長い。と、いうより守っている時間が極端に短い。
そう言ってる間にも、また、心地のよい音が響いた。
「おお!」
相手の外野を深々と破る二塁打。ベース上で、晶が高々と手を上げる。塁に出ていた新村がホームに還り、これで1点を加えて5−0。
(いい感じだ)
得点の重ね方が効果的だ。既に7回を回っているが、先制・中押しと、理想的な点の取り方ができている。実はヒットは5本ぐらいしかないのだが、相手のエラーや四球などでもらったチャンスを、余さず上手い具合に生かしている。
それもこれも、自分たちの試合に対するリズムが、いい回転をしているからだ。そして、その躍動するリズムは、晶から生み出されている。
「いくよ、木戸!」
跳ねるような投球フォームで、ストレートを矢継ぎ早に投げ込む晶。そうやって、三振の山を重ねていく。
実は、相手チームは、ヒットはおろかランナーさえ出していない。いわゆる、パーフェクトピッチングが続いていた。しかも、アウトの9割を三振で。
擦ったようなキャッチャーフライと、ピッチャーフライがあるだけで、内外野ともに守備機会ゼロという快投を、晶は演じているのだ。
「想像以上ね……」
玲子の呟きは、皆の畏怖でもある。
「うりゃあ!!」
そして、相手の攻撃はまたも三振で幕を閉じた。完全に、相手を呑んでいる。
ベンチに戻りながら、亮は晶に、
「ナイスだ」
と、労った。試合の初めは緊張しているとか言っていたので少し心配したが、どうやら杞憂も杞憂。晶は、心底この試合を楽しんでいる。
汗も光る、まばゆいばかりの笑顔が、何よりの証拠だ。
「……と」
晶の視線に気づいて、自分が長いこと彼女を見ていたことに気づいた。
(いかん、いかん)
まだ試合は終わっていないのだ。それまでは、気を抜いてはいけない。亮は、かつて甲子園で大逆転負けを食らった記憶を呼び覚まし、自分に気合を入れる。
(10−0だって、試合が終わるまでは勝ちじゃないんだから……)
だが、甲子園の記憶は、もうひとつの記憶をも彼に掘り起こさせた。