『STRIKE!!』(全9話)-228
「よっしゃ、素晴らしき出足やないか!」
三者三振に仕留め、初回の攻防を終えたバッテリーを赤木が労う。
「ナイスだ、木戸、近藤」
優勝をかけた一戦の始まりに、おそらく少しは浮き足立つだろうと思っていた直樹だが、そんなものを一蹴する晶の好投に舌を巻いた。
強豪を相手に怯まない亮のリードと、それにしっかりと応えた晶。選手層では圧倒的に櫻陽大に劣っている戦力だが、それを補って余りある二人である。
「わたしも、負けませんよ!」
2回の表は、5番のエレナからである。チームの中では一番長くて重いバットを手にすると、それをハンマー投げでもするかのように軽々と振り回した。
「のわっ!」
すぐ傍にいた長見がその一閃を浴びそうになり、慌てて避ける。
「こ、殺す気か!?」
直撃ならば、位置的に顔面である。おそらく、無事ではすまなかったろう。
「S,SORRY」
バツが悪そうに頬を掻いたエレナ。そんなやり取りの後、審判からの催促を受けてエレナは打席に入った。
「あいつ、気負ってんのかな?」
長見が独り言のように呟く。いつもなら打席に向かうときのエレナの背中からは、なんというかゆったりとした空気を感じるのだが、今の彼女には張り詰めたものを感じる。
「慣れないサードを、守っているからだろうな」
独り言に答えを返したのは亮だ。いくら念入りなノックを受けてきたとはいえ、実戦では初めてのポジションにエレナは入っている。しかも、初回には守備機会がなかったから、それも含めて、やや落ち着きを得ていない心境なのだろう。
「大丈夫?」
「バットを振れば落ち着くさ」
今度は晶の心配に応える亮。それは自分自身に対する問いかけでもある。
エレナにサードを任せたのは自分でも間違っていないと思う。だが、それが打撃に影響すると問題である。
それを払拭して欲しいと誰より願っているのは、亮なのである。
(こういうのは、らしくありませんね)
打席に入る前に、エレナは上空を仰いで嘆息した。秋空は既に高く、何処までも続いているかのように透明な青色を映し出す。
何となく気負っているのは自分でもわかっている。それが、慣れない守備位置に入っているからというのは言い訳に過ぎないことも。
(大変なのは、みんな同じこと)
グリップをしっかりと握り、構えを取った。
「プレイ!」
2回の表が始まった。マウンド上の京子が、晶に比べるとやや小さな振りかぶりから、モーションを開始する。しかし、その後の動作はむしろダイナミックなもので、引き絞った右腕が鞭のようなしなりを見せた。
(アキラと似てる―――)
そう思うより早く、エレナはスイングを始動した。球種の如何を問わず、初球から振りにいこうというのは、既に決めていたことだ。
「!」
ゴキン!
「おおおぉぉぉ!」
鈍い音を響かせたものの、エレナの強烈なスイングが弾きだした打球は、高々と空に舞いあがった。アウトコースに投じられたストレートを無理に引っ張らず、そのままライト方面へ弾き返したのである。
城二大の面々がベンチから身を乗り出して打球を追う。櫻陽大のナインもまた、ライトポール際に打ち上がった軟球の行方を追いかけていた。
「ファール!!」
ポールに近づくにつれ、打球はぐんぐんと切れていった。芯を食いきらず、直球の威力に押されていたのである。
「あ〜……」
城二大のベンチに落胆の声が響く。
「Fu……」
もっとも、打った本人は、ファウルになることをわかっていた。手に残る重量感が、相手投手の直球を捕らえ切れなかったことを教えていたからだ。
(押されました)
力負けした、ということである。
(あそこまで飛ばすとはね)
これは京子の思考である。ストライクゾーンを外していたので、打球があがった角度を見ても、おそらくはファウルになるだろうと思ってはいた。しかし、跳んだ距離が尋常ではなかった。リーグでも群を抜くパワーヒッターであると言うことは聞いていたが、想像以上の腕力である。
わずかに冷えた肝は、しかし、すぐに元に戻す。そして、津幡のリードに従い、今度は内角低めに球を投じた。