『STRIKE!!』(全9話)-213
「いいの、亮。お願い、喋らせて」
だが意外にも、晶はしっかりとした瞳の色で見つめてくる。その瞳に浮かぶ涙を隠すことはできないでいたが…。
「だからあたしは、本格的に野球を始めたの。でも、髪は切らないって決めた。そうすれば、悲しい想いで、ひとりぼっちで死んじゃったお父さんがきっと、ふたつのことで喜んで、笑ってくれるって思ったから―――――」
しかし、最後のほうにはとうとう悲しみに心をあふれさせたか、嗚咽が混じった。
(俺はっ!)
亮は、この話を振った自分に怒りを覚える。晶の悲しみを掘り起こしてしまった自分に対する怒りだ。
「亮、怖い顔しないで……」
「ごめん。でも……」
「あなたが、自分を責めることなんてないんだよ。あたしが、喋りたいから喋ってるの」
「………」
ふ、と晶の柔らかい唇の感触が同じ場所に生まれた。それだけで、心にわいていた負の感情が綺麗に洗い流されてゆく。
「髪を切らなかったこと、後悔したのは一度だけ」
それは、甲子園の記憶だろう。確かに、髪を短くしておけば、例え風が吹いて帽子を浚われたとしても、ごまかしがきいた可能性はあったのだから。
「でも今じゃ、その後悔もなくなっちゃったけどね」
「?」
「だって、そのおかげで亮に逢えたんだもん」
「晶……」
たまらなくなった。胸の底から、晶がいとおしいと思った。その過去に触れたから、というのもあるだろう。
優しく、その身体を抱いて引き寄せた。濃密な交わりではないのに、どうしてこんなにも身体が熱くなっていくのだろうか…。
「ん、亮……」
晶の艶やかな黒髪を、梳ってみる。本当に綺麗な髪だ。何度も触れて、撫でて、愛していたはずなのに、今日はさらに綺麗に見える。
「髪、切らないでくれ」
「え?」
「俺も晶の髪、好きだから……」
「ふふ……わかった……」
甲子園の風に舞った黒髪に魅せられてから、亮の心には既に晶という存在が棲んでいたのだ。
「あたし、頑張るからね」
「?」
「今度の試合、あたし、はりきっちゃうよ」
涙に濡れた瞳はいつか、透き通るぐらいの輝きを帯びていた。まるで、雨が上がった後の青空のように。
「………俺」
亮は、溢れる想いを止められない。だから、更に強く晶の身体を抱きしめていた。晶もまた、その温もりを逃さないように、強くしがみついてくる。
「晶のこと、好きだ。本当に、たまらないくらいに……」
「あたしも、そうだよ。亮のこと、大好き……」
「頑張ろうな、晶。勝ってさ、もう一度、あの場所に行こう」
「うん」
甲子園――――。二人の囁きが、同じ言葉を紡ぎだす。
そしてもう一度、つながっている絆を強く確かめるように、互いの唇を深く重ね合わせたのだった。