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『STRIKE!!』
【スポーツ 官能小説】

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『STRIKE!!』(全9話)-212

 関節の軟骨部分がそぎ落ちて、ルーズショルダー……いわゆる“脱臼肩”といわれる症状に彼は苦しんだ。投手にとって肩の故障は、野球生命に直結する。しかも、近藤拓也は腕を強く振ってその勢いで威力のある速球を投げる投手だったから、その起点となるべき肩を壊したということはそのまま、彼の野球人生の終了を意味した。
 それでも引退した年を含め、3年をプロとして過ごした。しかし、球界を席巻したその豪腕が復活することはついになく、限界を感じたものか、彼はとうとう現役から身を引いたのである。
 プロ野球の世界にとってそれはよくある話のひとつだ。だから、峻烈なデビューを果たし、花火のように瞬いて消えた豪腕投手のことはいつのまにか忘れ去られ、次々と出現してくる新しいヒーローにファンの目は向けられていった。
「あたしはね、お父さんが引退した後に生まれたんだ」
 ノンプロ時代(いわゆる社会人野球)に、高校の頃からつきあいのあった女性と既に結婚していたが、野球のことに熱中しすぎていたためか、その頃も、プロ入りしてからも、なかなか子供はできなかったらしい。それが、引退を決めてからすぐに晶がつれあいの身体に宿ったというのは、やや皮肉な話ではある。
「お父さん、すごく嬉しかったんだって」
 だが、新しい生きがいを得たことに、大好きだった野球をやめざるをえなくなったことで消沈していた近藤拓也は心の底から喜んだ。だからこそ、第二の人生に対する自分の指針をしっかりと定め、次のステップを踏み出すことができたのだ。
 誰もが慕うその明るくて真摯な人柄と、野球に対する的確な観察眼をかわれていた彼は、球団職員としてドルフィンズに残るように請われた。そして、生活のことを思えばそれを断る理由など何もなく、近藤拓也は慣れないネクタイを胸に、家長として父親として懸命に日々を過ごした。
「あたし、お父さんが大好きだった。女の子なのに、ピアノとかバレエとかそんなことを習わせるよりも野球を教えるぐらい、野球ばっかりの人だったけど、すごく優しくて大好きだった。いつも一緒にいてくれたし、試合にもいっぱい連れてってくれた。だから、あたしも気がついたら野球が好きになってたんだよ」
 楽しそうに父との思い出を語る晶。
 しかし、不意にその表情に影がさした。
「でも、お父さんはやっぱり選手としてもう少し頑張りたかったみたい」
 その後、スコアラーやスカウトなど、縁の下でドルフィンズを支え続けた近藤拓也は、しかし、思いがけないところで再びプロの世界に選手として身をおくことになる。
 現役のころ、同じ名古屋ドルフィンズに所属していた“徐太真”という男に誘われて、台湾プロ野球リーグに挑んだのだ。どうしても燃焼しきれなかった彼の想いが、選手としての最後の一花を、異国の地に求めさせたのだろう。
「………」
 だが、それが近藤拓也にとっての悲劇になったことは、その結果が指し示している。
 徐太真は、アジア系マフィアと連なりのある人物で、八百長試合に手を染めていた。単身台湾に乗り込んでいた近藤拓也が頼るべきはその徐太真しかいなかったわけで、知らず彼は、台湾リーグを揺るがせたその八百長事件に巻き込まれてしまったのである。結果、近藤拓也は台湾球界からは“倭寇”と蔑まれ、日本でも“国恥”として批判に晒された。
 野球に裏切られ、行き場も、帰るべきところもわからなくなった近藤拓也が選んだ道は、あまりに短絡的だった。
「そのときね……」
 とあるホテルの屋上から、彼は飛び降りたのだ。
「あたしは、まだ、8歳ぐらいだったかな……」
 最愛の妻と娘を、残して…。
「お父さんが、外国に行く飛行機に乗る前、最後に言ってくれた言葉、はっきり覚えてる」
「………」
「あたしの髪を撫でて、いっぱい撫でて、ね。それで、『お母さんに似て、さ……晶の髪、長くなると、とっても綺麗だろうなぁ』って………」
「晶」
「『でも、野球をするんなら、あんまり伸ばさない方がいいかなぁ、ああ、でも勿体ないなぁ』って……」
「もう、いい、晶」
 亮は、晶の語りを留めるようにその身体を強く抱きしめた。


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