『STRIKE!!』(全9話)-180
ワァァァァァァ!!
だが、その不安が渦巻いていた静けさは、すぐに大きな声援に変わった。フルカウントにもつれ込んだ松島との対決は、香坂が得意のカーブを膝元に決めて三振を奪い、アウトに仕留めたのである。
これで二死。しかも、相手の4番を打ち取った。次の5番打者は、疲れが酷いのか、振りも鈍くこれまで出塁を許していない。間違ったリードをしなければ、簡単に打ち取れる相手だろうと、観戦している評論家は思うに違いない。
それは亮も同じであった。だから香坂の得意技であるカーブを軸に配球を整え、ツーストライクツーボールの並行カウントに追い込んだ。
決め球は、カーブ。もう、これしかなかった。そして香坂は、その5番打者の膝元ギリギリを狙う、絶妙なカーブを投げこんだ。相手は全く手がでずに、そのカーブは亮のミットを貫いていた。
瞬間、誰もがチームの勝利を思った。しかし…、
「ボール!!」
コースがわずかに外れていたのか、審判の手は上がらなかった。
このボールが、亮にとっては計算外の苦しみを与えることになった。なにしろ、決め球に使ったこのカーブがあまりに完璧すぎて、連投による疲れを隠せない香坂が、次も同じような球を投げられるかどうかわからなかったからだ。フルカウントであるいま、コースを外せば押し出しになってしまう。
かといって、疲労を極める香坂のストレートで、振りが鈍いとはいえクリーンアップに座るこの打者を抑えられるかどうか、これもわからなかった。亮は、どちらのサインを出すか、決めあぐねてしまったのである。
次の6番は今日の試合で、猛追の口火となった3点本塁打を打たれている。それが、亮の思考に影響した。
「………」
亮のサインに、香坂はしっかりとうなずいて、セットポジションを構えてひとつ息を吐いてから投球を始めた。
「!」
その球筋は、ストレート。亮は、香坂が最も得意としているカーブではなく、間違いなくコントロールのできるストレートを決め球に選んだのだ。亮は何より、押し出しの四球を与え、しかも当たっている6番打者に廻してしまう結果を恐れた。
その選択が、後々の彼の悔いを生むことになる…。
キィィィィン!!!
「!!!」
5番打者のスイングが、硬球と金属バットがぶつかり合う独特の快音を残して、白球を高々と打ち上げた。
それは、青空の中へ吸い込まれ、風にのり、果てしなく伸びていき――――………。
スタンドに消え去った。………』
「ッ!!!」
「ど、どうしたの!?」
夢を見ていた。亮は久しぶりに見た甲子園の悪夢に、嫌な寝汗をかいてしまった。
「亮、大丈夫?」
寄り添うように枕を並べていた彼が突然、上体を起こして荒い息をつきながら、額の汗を拭うので晶は心配する。
「あ、ああ」
「怖い夢?」
「……うん」
胸に沸いた恐怖は、人の心を素直にさせる。
「試合の夢……」
「………」
夢でも野球に夢中な亮に、晶は一瞬頬が緩みかけた。
「甲子園で……俺のせいで、負けたときの夢……」
「……っ」
だが、その沈鬱な表情を見るに、それが亮にとって拭いきれない痛みとなっていることに気づいて、今度は眉をひそめた。
「あ、晶……」
その肩を抱いて、亮を胸の下に組み伏せる。そして、そのまま薄く開いていた亮の唇に自分のものを深く重ねた。
「………」
「………」
薄暗闇の中で、晶の柔らかさと暖かさが光を放ち、亮の胸に灯火を与える。晶の後頭部に手を廻し、亮はその気持ちに応えるように髪を撫でた。
「ん……」
それを確認して、晶は唇を離す。そのまま優しい微笑を亮に注ぎ、言葉を紡いだ。