『STRIKE!!』(全9話)-15
(………)
悲しそうな晶の顔。それを思うと、胸が痛い。
(打たなくても……)
そう思いかけて首を振った。それは、自分が立てた誓いを破ること。そして、晶を諦めるということ。
(それは、いやだ)
切に、そう思う。あれだけの投手を、埋もれさせるのは惜しい。
(………)
いや、それだけではない。亮は、晶の一挙手一投足を思い浮かべた。
高校のとき、かじりつくように見続けたビデオの中で、躍るように生き生きと投げる晶の姿。甲子園のマウンドにたち、自分を真っ向から見据える晶の姿。
そして、悪戯な風に舞った、長い黒髪の美しさ。
(………)
なぜ、こんなにも、胸が苦しいのか――――。
「……木戸」
「は、はい!?」
描いた晶の姿が泡沫(うたかた)のように散り、あたふたと現実に戻る亮。
「ああ、あがったの―――――って、着替え!」
振り向いた亮は、とにかく慌てた。なにしろ、そこには、女の裸があったのだから。
ユニットバスから出てきた晶は、一糸纏わぬ姿だった。そのふくらみや、淡い蔭りさえ、タオルで隠すこともしないで。
「ユユユ、ユニフォームじゃ、ややや、やっぱりだめでしょうか!?」
落ち着け亮。問題はそこには、あまりないぞ。
「あの、あの、あの………」
とにかく、落ち着くのだ。亮の理性は、問い掛けるが、当の本人は困惑至極、全ての思考が回路不全を起こしている状態だ。
「ねえ……」
その晶の姿は、マウンドでたっているときの凛々しさを微塵も感じさせない。落ち着いて、よく見れば、その身体は小刻みに震えている。
「あたし、汚れてる?」
「え…」
そう言って、自分の身体をかき抱く。その瞳が、少しだけ潤んでいて――――状況が状況なのに、思わず亮の股間がたぎる。黒い欲望が、頭をもたげてくる。
「あたし……汚れてる?」
晶は繰り返した。消え入りそうな声で。
その弱さに触れたとき、亮の思考は冷静さを取り戻した。
「そ、そんなことあるもんか!」
亮は、いまだかすみがかる欲望を払いのけるため、その問いに叫ぶような答をかえす。そして、ベッドから掛けシーツをもって立ち上がると、それを晶の肩に掛け、裸体を覆い隠してあげた。
「バカなことを、言うなよ!」
微かに触れてしまった肌は、とても柔らかく、抑えたはずの男の衝動が俄かに跳ね上がる。
「木戸……」
その、救いを求めるようなささやきでさえ、亮の欲望を刺激してくる。
「キレイだ! 初めから、近藤はとってもキレイなんだ! だから……」
「アンタが、そう言ってくれるなら……アンタが、望むなら………」
晶は、そのまま亮の胸板にもたれかかってきた。せっかく掛けたシーツは滑り落ちて、生れ落ちたままの素肌を、亮に押し付けている。宿り木を見つけた小鳥のように、自重の全てを預ける晶。
亮の理性は、一瞬、飛びかけた。この、柔らかい神秘的な果物を、心行くまで味わいたい―――。女を知らない亮だけに、その未知なる領域への扉がすぐそばに存在していて、それをひとおもいにこじ開けたい……それも偽りなき自己の叫びだ。
「木戸……」
亮は、それでも身体を離した。晶の向ける悲しそうな瞳は、きっと拒絶されたと思っているからだろう。