『欠片(かけら)……』-12
「大事な話?」
「まぁ……そうだな」
歯切れの悪い彼の台詞。
「話して……」
暗い部屋に静寂が訪れた。そして小さく息を吸う音がして彼は口を開く。
「由稀との結婚の日取りが正式に決まったんだ」
いつかは聞くだろうと思っていた言葉があたしの耳に流れ込んできた。
「そう……おめでとう。だけどなんでわざわざこんなところで?」
「お前も意地悪だな。わかってる癖に……」
あたしだってバカじゃない。寿也が話を切り出した時にそれが何を意味するのかわかっていた。
「終わりってコト?」
「ああ……すまん」
「謝らないでよ。お互い納得の上の関係だったはずでしょう?」
「完全に割り切っていたはずだったがな……」
「ダメよ寿也。最後まで悪い男のままでいて……あたしを揺らさないで」
声が震えた。暗がりが互いの表情を隠したまま、あたし達の関係に幕を降ろしていく。本音を見せないままの二人にはお似合いのラストシーンかもしれない。
「澪、最後にお前を抱きたい……」
静かな……あくまでも静かな寿也の声。あたしは拒むべきだったと思う。未練を残さない為にはそれが最良のはず。だけどあたしの答えは
「抱いて……寿也」
だった。
彼の唇が緩やかに重なり、やがて静かに首筋へと流れる。
「待って寿也。まさかここで?」
「ダメか?」
「だって、シャワーも浴びてないのよ?それに誰か来たら……」
あたしを優しく床に押し倒して寿也は身体を重ねて来る。
「構わない。お前の匂いも、なにもかも覚えておきたいんだ」
「床が……冷たいわ」
「俺が暖めてやる……」
耳たぶを甘噛みしながら囁く寿也の声にあたしの思考はとろけていき、そして月明かりだけが照らす暗がりの中であたし達は静かに重なり合っていった。
「先に出てって。その方がいいわ……」
「ああ、わかった」
髪を整えながらあたしが言うと、寿也は頷いて立ち上がる。小さく扉を開けて外を伺いながら背を向けたまま
「俺は韮崎に嫉妬していたのかもしれんな」
そうつぶやいた。
「あなたが?冗談でしょう?」
あたしの声に振り返る寿也の顔は微かな笑みを浮かべているような気がしたけれど、暗がりで良く見えない。
「さぁな……」
少し掠れた短い言葉を残して寿也は扉の向こうに消えた。
「……何よバカ。冗談でもそんなコト言うのって反則じゃない……痛っ!」
立ち上がろうと床についた手に痛みが走り、あたしが指を見ると人差し指の付け根近くから出血していた。
黒い筋が一筋流れ落ちる。そう、暗がりは血の色さえ覆い隠してくれる……
声を押し殺す為に噛み締めていた指が血を流す。手の平を伝う一筋は、まるで涙のように見えた。
……寿也とあたしの繋がりは今、切れた……
身体の奥はまだ熱いのに心は急速に冷えていった。