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『欠片(かけら)……』
【大人 恋愛小説】

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『欠片(かけら)……』-11

 月末の決算日を目前にして午後も仕事は多忙を極めていたが、あたしとしては余計な事を考えずに済むのだからむしろ好都合と言える。

けれど、今日は少し様子が違っていた。カタカタと忙しそうにあたしの隣でキーボードを叩く音がする。そう、定時の男と異名をとる程の寿也が珍しく残業をしていた。でも彼の場合は仕事が早く、定時内に自分のノルマを終えてしまうのだから誰も……課長でさえも文句は言えないのだけど。

「ずいぶんと珍しいじゃない?あなたが残業してるなんて」

彼のデスクにホットコーヒーを置きながら声を掛けると、つかの間手を休めて彼はあたしを見た。

「まぁな、やるときはやるってとこを課長にも見せておかないとな。コーヒー、サンクス」
「まったくあなたらしいわね」
「なぁ……後で話があるんだけど、時間取れるか?」

くわえ煙草のままディスプレイを見つめて寿也はつぶやくように言った。

「何よ改まって……別にいいけど?」
「すまんな」

素っ気ない言葉とともに再びキーボードの上に指先を走らせて、寿也は無言になる。軽く溜息をついてあたしも自分のデスクに戻り作業を再開した。

しばらくして、ふと手を止めて時計を見ると時刻は既に午後8時を回ろうとしていた。周りを見渡せば部署にはもう数人しか残っていない。

「終わりそうか?」

そんな時、タイミング良く隣から声が掛かった。

「そうね、ちょうどキリのいいところだし今日は終わりにしようかな?」
「じゃあ、帰るか」

頷いてあたしは手早く帰り支度をする。どうやら寿也はとっくに仕事を終えていたみたいで既に支度を済ませていた。そして二人で部署を後にして廊下を歩いていた時に

「澪、入ってくれ」

廊下の途中にある会議室の扉を開けて寿也は言った。

「ここに?」
「ああ……」

使われてない会議室の中は当然のように暗いままで、促されるままにあたしは部屋の中に入る。その後ろから寿也は入り、部屋の扉を静かに閉めた。

「明かり、点けないの?」
「ああ、このままでいい」

普段通りの……いえ、いつもより少し低めの声で寿也は答える。


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