紅館の花達〜金美花・返り咲き〜-9
心の中で許しかけていた時、ふと枕元にある一枚の板が目に入った。
『………私?』
板は魔写の板、金属板に術者の目に写る物を記録する板だ。
その板には一人のエルフが写っていた。 長い金髪のエルフ。
それは自分のように思えた。 しかし、板の端に書いてある文字を見て私は硬直した。
『愛しの………アルクウェル=ルーキデモデンナ!!』
それは自分ではなかった。
自分の祖母、そう確かウェザやキシンとは知り合いだった。
そんな祖母の魔写の板がキシンの枕元にあり、そしてこの言葉。
『まさかあのメイドさん………』
私は玄関で、ルーキデモデンナ様ですか? としか聞かれていない。
私を祖母と間違えたのだろう。
いや、そもそもキシンは………
『私は………御祖母さんの………代わり?』
祖母はハーフエルフが嫌いだった。 キシンの想いが届く相手では無い。
『私が御祖母さんに似てるから?』
元からそのつもりで?
『………』
私の頭の中で次々に悪い考えが浮かんでは消えた。
でも確実に心に何かが溜っていくのがわかった。
『アルクウェル!!』
扉が開き、キシンが駆け込んできた。 真っ先に私に駆け寄り肩を掴まれる。
『アルクウェル、嬉しいな、訪ねてくるなんて………アルクウェル?』
うつ向いたまま、反応しない私の顔をキシンが覗きこんできた。
ポタリ―――
水滴の落ちる音と共に床の絨毯に染みが出来た。
バシンッ!
私の右手がキシンの頬を叩いた。
突然のことに呆気に取られ、頬に手をやるキシンの目をジッと見つめた。
『私は………アルネよ!』
やっと私とわかったのか、キシンがはっとして何か言葉を言おうとする。
だがそれよりも早く私はキシンの横をすり抜けて扉に向かう。
すれちがい様に、大嫌い、と言い放って。
そこからはあまり覚えていない。
廊下を歩いている途中に紅様とすれ違った気もする。
とにかく今、私は紅館への帰り道の馬車の中にいる。
『………』
キシンに対する怒りが、悲しみに変わっていた。
あの夜はなんだったのだろうか? キシンにとって私は御祖母さんの代わりだったのだろうか。
『これなら、まだ遊ばれた方がマシだったわ………』
疲れた………熱が上がってきたのかもしれない。
なんだか、もうダルくて仕方が無い。
馬車が紅館に着いて、私はフラフラとした足取りで自室に戻って、ベットに倒れこんだ。
『アルネさん、おかえりなさい。』
窓際からシャナの声がした。 どうやら掃除をしていたのだが、心ここに在らずの私は気付かなかったようだ。
『ちゃんと着替えて寝ないと………』
そういうとシャナは何も行動しない私の服を脱がせて寝間着に着替えさせた。
その間私もシャナも何も言わずに黙々と作業をしていた。
『はい、今から氷とお粥を持ってきますね。』
寝間着の私をベットに寝かせ、シャナはハキハキと喋った。
『………何も聞かないのね。』
『はい、何も問いません。 でも聞くことは出来ます。』
シャナの手が額を撫でてくれた。 そっと、優しく。
『………なんでかしらね………』
目が熱いから、たぶん私は泣いている。
『なんで、皆、誰かの代わりに私を愛するのかしらね………』
それも、明らかに代わりにならない存在の。
『私にシャルナ様みたいな器量は無いし、御祖母さんみたいな力は無いのに………』
涙に視界が滲む。
そんな滲んだ視界を静かに遮られた。
シャナの両手が私の後頭部を撫でる。 何も言わずただ優しく包んでくれる彼女の胸で私はついつい泣いてしまった。