2nd_Story〜月灯りと2本の繋がる手〜-4
3.一瞬
絵里は救急車で運ばれていった。一緒に乗った者はいなかった。警察に、外に出ることを禁じられていたからだ。
あの後、救急車と(念のために)警察を呼び、全員談話室で待機することにした。その後やって来た救急車に絵里が乗せられ、警察による捜査が始まった。
「えー、この事件を担当することになりました、稲荷屡兎と言います。よろしくお願いします。」
屡兎は頭をペコリと下げた後、手帳を見ながら話し始める。
「皆さんから聞いたところによると、被害者は坂本絵里さん、16才。8時頃、2階の自室で血を流して倒れていた所を全員で発見。その後救急車で病院へと搬送。で、よろしいですか?」
「はい」
絵里の母親が頷く。その目には悲しみの色が浮かんでいる。
「それで被害者が掴んでいた髪の毛ですが、鑑識の結果、絵里さんの物では無い事が分かりました」
「どういう事です?」
絵里の父親が目を細めて訪ねる。
「今、事件現場、と言っても2階のお部屋ですが、現場検証を行っています。その結果が出なければ分かりませんし、これは推測にしか過ぎませんが、その髪の毛は絵里さんを刺した相手のものだと思われます。絵里さんが犯人と取っ組み合いをし、犯人の髪の毛を掴み、抜いた。その後犯人は逃走。そう考えるのが妥当だと思います」
推測にしか過ぎませんが、屡兎はそう付け加えた。
「それで!誰の髪の毛だったんですか!?」
今までソファに座りうつ向いていた白がいきなり立ち上がり、屡兎に掴みかかる。
「誰が絵里を殺そうとしたんですか!!」
自分の胸元を掴み怒鳴る白に、屡兎は驚き動けなかった。
「白!落ち着けって!」
1番近くにいた里紅が止めに入る。
「っすいません!」
ハッと我に帰る白。屡兎を掴んでいた手を離し、頭を下げる。
「いやいや、大丈夫」
屡兎は白に優しく笑いかける。その後部屋にいる全員の顔が見えるように顔を上げ言葉をつなぐ。
「それで、その髪の毛の件について皆さんのものかどうか確かめたいと思います」
「それはつまり私たちを疑っているということか!?」
絵里の父親が怒鳴りつける。
「えー…1つの可能性ですので…」
その後色々な喧騒があったものの、皆渋々という感じで既に準備がされている隣の部屋へと入っていった。
「ねぇねぇ屡兎さん」
「ん?何だ?」
DNA鑑定による髪の毛の持ち主探しをするためのDNAの摂取(というより頬の内側の粘膜の摂取)を終え、部屋から出て談話室に入っていくとき里紅が屡兎に話しかけた。
「絵里ちゃん、本当に髪の毛握ってました?」
「どうして?」
「んーいや、それだとちょっと…」
腕組みをし悩む里紅。
「握ってたよ、ちゃんと」
何処にいたのか、黄依が会話に入ってきた。
「ホント?」
「ホント」
そっか…、里紅は談話室のソファに座り呟いた。腕組みをして目を瞑ったまま動かない。
「里紅?どうした?」
屡兎が話しかけるも何も反応しない。代わりに黄依が返事をした。
「今は無駄」
「え?何で?」
「色々あんの」
黄依が里紅の隣に座る。
「色々ねぇ…」
屡兎は物珍しそうに里紅を見ている。そして、部下に呼ばれ離れていく屡兎を見ながら、黄依は思っていた。何故、里紅は『あいつ』を忘れずにいるのだろうか。何故、自分は忘れてしまったのだろうか。うーん、と知らず知らずの内に唸っていた自分に気付き里紅の方を見ると、目は開いていたものの何処か遠くを見ているようで、黄依が自分の名前を呼ぶ声にようやく気付いた。
「あぁ…黄依か…」
「犯人分かった?」
「ん…まぁまぁってとこ」
顔に微笑みを浮かべる里紅。
「じゃ、もうそろそろ帰る?」
「…うん、そうするかな」
白の事も気になるけど…、里紅はそう呟いて白の方を見ると、白はソファにうつ向いて座っていた。顔が見えないので何を思っているのかは分からないが、その格好からか悲哀な雰囲気がこちら側まで漂ってきそうだった。そっとしておいた方が良いと思った里紅は、白には声をかけずに帰ることにした。
坂本家の人々も、部屋という事にはなるが帰る許可も出ていたので、里紅が屡兎に帰る旨を伝えるとすんなりOKがでた。結局絵里が握っていた髪の毛は坂本家の人達の物てはないことが解った。勿論里紅や黄依の物でもない。
里紅と黄依は豪邸を出て、半月を背に抱えながらそれそれの家路を辿っていった。