目の前の君へ-2
今日話したい事たくさんあった。変なお客さんが来てね、新人のバイトがね、お菓子の新商品が…。どれもくだらないどうでもいい話だけど、耕平君は楽しそうに聞いてくれる。カフェに行く計画も立てたかった。
壁に立て掛けられたコルクボードには友達や家族の写真が円を描くように貼ってある。その中心は何もない。ここに耕平君の写真を貼りたいから。でも、くれないし撮らせてもらえない。
壁の向こうの君は今何を思ってる?
あたしは君の事しか考えられないです。会いたいけど、あんな態度をとった後は正直会うのが怖いです。
『明日は友達とご飯を食べに行くね』
まだ決まってない予定をメールした。
『分かりました。楽しんできて下さい』
返信はすぐ来た。おやすみって言ったクセに。
結局地元の友達と会う約束をした。場所は、耕平君と行きたかった新しいカフェ。
明るい可愛らしい店内。耕平君が見たら喜びそう。やっぱり一緒に来たかった。今日は久しぶりに会う友達と楽しもうと頭を切り替えたのに、予約の名前を告げて案内された席で待っていたのは友達じゃなかった。
「すず」
アパートにまで押し掛けて来たあたしの元彼、一人だけ。
「…何でいるの」
「お前と話したかったから、ちょっと協力してもらった」
会う予定だった友達もこの人もあたしも元々高校の同級生。連絡取り合ってたんだ、失敗した。
「座れよ」
「いい、すぐ帰るから」
彼は小さく息をついてコーヒーを飲んで、まっすぐあたしを見た。
「お前、本当にあの男でいいのか?」
「はっ?」
「絶対ヤバいぞ。恐くて逆らえないんじゃないのか」
…耕平君が怖い?あんなに優しい人なのに。
「話したい事ってそれだけ?」
「それだけって、俺はお前が心配で―…」
「あのね、あたし今すごい幸せなの。彼はあなたが思うような人じゃない。だからもうあなたとは会いたくないの」
やっとはっきり自分の気持ちが言えた。もっと早く終わらせなきゃいけない事だった。
「本当か?」
「うん」
「…そうか」
「うん」
「でも、何かあったらちゃんと言えよ?」
その顔があまりにも真剣で、余計な心配だよ、とは言えなかった。
「ありがとう、じゃあね」
最後に少しだけ笑って店を出た。
耕平君に会って昨日の事を謝ろう。きっと仲直りできる。
目の前を何かに照らされたような明るい気持ちでアパートの階段を駆け上がったけど、そこにあたしの予想するような甘い時間は待ってなかった。
部屋の前で椿さんと耕平君がもめてる。間に入ってるのは椿さんの彼氏。
あたしに気付いた椿さんはすぐに詰め寄って来た。
「何で稲葉ほっといて元彼と会ってんの?」
「…え?」
「あたし達見たの。今全部稲葉に話した」
「椿ちゃん、落ち着いて」
あんな数分の現場をたまたま見たの?やましい事は一つもないけど、反応が不安で耕平君を見られない。
なだめる彼氏と椿さんに耕平君が口を開いた。
「2人で話したいんで、今日は帰ってもらえますか?」
いつもより低い声。元気のない声だ…
2人が帰ったのを確認してから、ゆっくり話し始めた。
「…会ってたの?」
「違うの、友達が―」
「会ったか会ってないのかを聞いてるの」
一方的に聞かれるのは初めてだ。それだけ怒ってるんだ…
「会ってたんだね」
「…」
黙って頷くしかなかった。
重いため息が聞こえる。怖くて顔が上げれない。あたしは大好きな人にどんな顔をさせてるんだろう。