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この向こうの君へ
【片思い 恋愛小説】

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目の前の君へ-1

「寒くなってきたから今日はホットにしますね」
アパートのベランダに置かれたテーブルを挟んで、彼はあたしに手作りの珈琲牛乳を注いでくれた。
温かい湯気とホッとする香りが、今日1日の疲れを癒してくれる。
もちろん、目の前にいる彼の存在も。

あたし、藤井すず。隣の部屋に住んでるのは彼氏の稲葉耕平君。
優しくて4つ年下とは思えないくらい頼りになる人。ただ、顔はやたら怖い。2人で歩くとどんな人混みでも周りがよけてくし、レストランへ食事に行った時は一番奥の席に通された。
「すずさん、ごめん。僕がこんな顔だから…」
落ち込むより先にあたしに気を使うんだよね。
「いいよ、帰ろう。違うお店で食べよ」
捨て台詞を吐いて耕平君の手を取ると、さっさと外に出た。
星がキレイ。
同じように空を見上げる耕平君の顔は月明かりに照らされていつもより怖かったけど、それ以上にカッコ良かった。
恋は盲目、その通り!

「すずさん?」
呼ばれて、思い出から現実に引き戻された。
「1人で笑ってましたよ」
「えっ」
「思い出し笑いですか?」
「べっつにー」
2人で選んだお揃いのマグカップに口をつけた。相変わらず美味しい。
「そうだ、会社の近くにカフェができたんだけど今度行ってみようよ」
「カフェ…ですか」
「うん、そこフルーツパフェバーがあっておかわり自由なんだって!」
「そうなんですか」
「だから今度の休み…」
「せっかくですけど、僕はやめときます。お友達と行ってきて下さい」
返事を理解するのに数秒かかった。
誘いを断られたのは初めて。
「何で?耕平君甘いの好きじゃん」
「そうですけど…」
行きたくないんだ。
さっき癒された心は一気に曇った。それが分かったのか、慌ててフォローし始める。
「そーゆうとこは女同士で行った方が楽しいですよ!僕は話が聞けたらそれで―」
「嫌なら嫌って言えばいいじゃん。話し方だけじゃなくて断り方までよそよそしいんだから!」
余計な一言で自己嫌悪に陥りながらこの日のベランダデートはすぐに終わった。

外からカチャカチャとカップが片付けられる音がする。
怒って帰ったのに、追いかけてもくれないんだ。
理由は分かるよ、あたしの態度が悪いからだよね。自分の性格が嫌いだから、耕平君が来てくれない気持ちよく分かるんだよ。
あたしは付き合う前から耕平君を傷つけて、今でもやっぱり傷つける。
それに対して怒らないでその時のあたしの気持ちを理解してくれる耕平君には感謝してるのに、何であたしはいくつになってもこうなんだろ…。こんなんじゃいつか振られちゃう。あんなに優しい人をまた悲しませる。

寝る前に耕平君からメールが届いた。
『嫌な思いさせてごめんなさい。カフェの話、楽しみにしてます。おやすみなさい』
年下とは言え、彼氏なのに敬語。気づいてないよね、あたしがそれを不満に感じて不安を抱いてるなんて。
そんなの彼女っぽくないもん。その上デートの誘いまで断られて。
多分、好かれてるの。
多分あたし達は恋人同士なの。
言葉と態度が欲しいのに、これじゃただのお隣さんだ。
『おやすみなさい』
それだけ返信して携帯を閉じた。


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