微笑みは月達を蝕みながら―第壱章―-3
もう夜も遅く、店といえばコンビニぐらいしかなくなって、昼間はそれなりに賑やかなこの通りもすっかり静かになった。
結局あの後、今の流行りの服を(ファッション雑誌を愛読してる)レンが選んで、今日は家に帰ろうとした。その時だった。
「おい、おまえら!!」
どこか甲高い、少年の声が背後から聞こえた。二人が同時に振り返ると、男が一人立っていた。
きれいな赤髪に、鼻や唇にピアスをしている。夜だというのにサングラスをかけていた。年齢は分かりにくいが、声から判断するに精々高校生かそこらだろう。
そして手にはナイフを持っている。
「…………」
「…………」
白もレンも、思考停止に陥ってしまった。脅している相手を明らかに間違えている少年に、どう対処しようか考えて。
先に立ち直ったのはレンだった。
「あのね、ぼく。何か、私たちに用があるのかしら?」
レンさん、そんな言い方は逆効果ですよ。
心中だけで突っ込んでおいた。
「馬鹿にしてるのかてめぇ! さっさと……金出しやがれ――!!」
少年の幼い恫喝に、白は少し違和感を覚えた。だが、とりあえず今は少年をどうにかしよう。
そう思い、レンが動く前に逃げるか、力技で少年を黙らせようとしたのだが。
ばたん。
「「…………」」
……何もしてないのに、少年は一人で勝手に倒れてしまった。意味が分からない。
「……レンさん。何かしましたか?」
何もしていないことはわかってたが、聞かずにはいられなかった。
「何もしていないわ」
その言葉は本当にそうなのだろう。レンが何かをすれば、白がその気配に気付けないはずはない。しかしあまりにも唐突に現れ、唐突に脅され、唐突に倒れられたら、さすがに対処に困る。
「どうしますか…?」
「そうね」
唇に指をあて、少しだけ小首を傾げる。考える時のレンの癖だった。
「警察や病院とかも面倒だし、放っておくのも気になるしね。家に連れ帰って、シンに診てもらいましょう」
そう言って、微笑みを深めた。
あるいは、苦笑だったのかもしれない。
月島夕〈つきしまゆう〉が目を覚ました時、最初に見えたのは見知らぬ天井だった。
「…………」
どこだここ?
何のひねりもない台詞を頭のなかに浮かべる。別に自分は小説家でもなんでもないのだから、表現力に乏しくても何の問題もない。
いや、そんなことより、
「あー、」
意識を失う前に、二人の女をナイフで脅したのを思い出した。
「警察か?」
ここでやっと、夕は周りの景色を見渡した。
白い壁には多分、趣味の良い白黒の風景写真(どこを撮ったものなのか、夕にはわからなかった)が飾られている。
頭が覚醒してくると、密かに音量を抑えた、多分クラシックの(やっぱり夕にはわからない)ピアノ曲が、やたらと馬鹿でかいオーディオコンポ(高さ1,2メートル、幅1,6メートル、奥行0,6メートル)から流れていた。