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微笑みは月達を蝕みながら
【ファンタジー 官能小説】

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微笑みは月達を蝕みながら―第壱章―-2

「そういえばね」
 ゆで卵の殻をむきながら、呟く。
「かぷかぷ笑ったのよね」
「は?」
「クラムボンが」
「……はあ」
「夢の中で」
「……………はあ」
「だからね、今日はいいことがあるような気がするの」
「………………………………………………………………………………。
 よかったですね。いい夢見れて」
「どちらかといえば悪い夢だったんだけど」
何が言いたいのか。
……出会った当時。彼女はどうしようもなく残酷で、怜悧で、美しくて、狂暴で、理不尽で、圧倒的で、何より容赦がなかった。
でもここまで不可解なことは言うような存在じゃない。それは絶対そうだ。
こちらのほうが気が楽ではあるけれど、それはもう絶対こっちの方がいいんだけど、……時々疲れる。
「だからね、今日はバイトもないし、久しぶりに出かけようかと思うの。どこか行きたいところある?」
昔と変わらない微笑みで、でも昔なら聞かなかったようなことを聞く。

――白が、何をしたいのか。

「お金あるんですか?」
「そうね。昨日、パパからお小遣いもらったから」
「パパって言い方はやめてください!!」
 思わず、反射的に突っ込んだ。
 確かに、スポンサーというかパトロンというか、そういう存在はいる。けど、パパなんていうと……その。なんか、なんとなく。
「何赤くなってるの?」
心底不思議そうに聞かれた。
「……わかんないなら、いいです」
奇妙に平和な日常の風景だった。



秋も深くなってきたので新しい服を買いに行くことにした。二人とも暑さ寒さには耐性があるが、お洒落を楽しむことは白にとってまんざらでもないことだ。
ちょっとレンの微笑みが薄くなったが、何も言わないので白は気にしない。
店の中に入り、白がいくつか見繕ってくる。
「レンさん、着替えてくれませんか?」
「……………」
微笑みが固まっている。いつものことなのだが。
「やっぱり、着てくれませんか……?」
「……貴女が着る分には何の問題もないけど」
「そんなに厭ですか?」
「………何故私に着せたがるの?」
「だって、絶対レンさんなら似合いますよ!」
 やたら真っ白なファンデーションを塗りたくり、やたら目をぱっちりとさせ、やたら黒いルージュを引いた、物凄く生気のない表情の店員がゆっくりと頷いた。まばたきすらしていないのは、レンの美しさに呆然としているからだろうか。
 だが今のレンの微笑みも、完全に固まっていた。
「………とにかく、ゴスロリは厭なの」
 黒くてフリルの多い、とにかく装飾過多のワンピース。
 白いストッキングに、革の首輪。
 別にゴスロリファッションを否定するわけではないが、これを着るのはごく一般的なファッションセンスの持ち主なら抵抗あるだろう。
 絶対似合うと思うのに、と白はぶつぶつ呟きながら服を戻した。どうやら白は一般的なファッションセンスの持ち主ではないらしい。
店を出て、レンが聞く。
「何で自分で着ないの?」
「自分には似合わないので」
 即答だった。
「私なら、似合うと思ってるのね……」
呆れ混じりの呟きに、白は少し笑った。

これでいい。彼女は変わった。白に優しくなった。白を傷つけることをしなくなった。

 奪われたものはあまりにもあり過ぎるけれど、それはもう取り返しのつかない類のモノで、だからもう、これでいい。

そう思った。
本当に、そう思っていたのだ。


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