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この向こうの君へ
【片思い 恋愛小説】

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ハナツバキB-3

食後のお茶を飲んだらこの時間は終わる。
ちくんは夏なのにホットミルクティー、あたしはアイスコーヒー。氷とグラスが当たる心地良い音を聞いて少し気持ちがほぐれた。
「ミルクティー見るとちくんを思い出す」
「え?」
「いつもくれたじゃん、ミルクティー」
「あぁ、それは―」
「好きだから?」
「へっ!?」
「好きなんでしょ?ミルクティー」
「あ、あぁ…。甘いから、飲んだら落ち着くかなって」
そうかもね。
落ち込んでる日も泣いてる時も、あたしはそのおかげで元気になれたんだ。
「一口ちょうだい」
「いいよ」
温かい湯気と優しいミルクの香り。それだけで顔の力が緩んでいく。
ほんの少し口に含んだ。
甘い…
いつも助けてくれた味だ。失敗も失恋も忘れさせてくれた。
きっと紅茶を注がれた角砂糖ってこんな気持ち。
柔らかい温もりに包まれてあたしはユラユラ溶けていく。
泣かないと決めた意地もバレたくない気持ちもまとめて溶かされそうだった。
「帰る」
下向きの口からポツリ声がこぼれ落ちた。
『帰りたくない』
『一緒にいたい』
ほぐれた心がそう叫んでしまいそうで、慌てて財布から千円札を二枚取り出してテーブルに置くと、すぐに席を立って店を出た。
歩いて帰るには遠いけど送ってもらうわけにいかない。街灯もまばらな暗い田舎道を駆け足で進んだ。
もう泣いてもいいよね。
それまでせき止められていた涙は一気に流れ出した。
断れば良かった。
結局は同じ後悔。
こんな気持ちに気付くんじゃなかった。ただの友達でいれば泣かずに済んだのに。



残されたのは飲みかけのアイスコーヒーとミルクティー、素っ気なく置かれた二枚の千円札と俺。
グラスが空になるまでは一緒にいられると思ったのにな。
俺はミルクティーを見ると椿ちゃんを思い出すよ。だからもう飲みたくないんだ。これを飲み干して、終わりにしなきゃ…
口に含んだ瞬間、目が覚めるような甘さが全身に広がった。
こんな終わり方は違うだろ。6年も側で見守ってきたのはこんな結末の為じゃない。
今日で会えなくなるのなら、ちゃんと終わらせなきゃ。
急いで会計を済ませて店を飛び出すと、元来た道を全力で走った。
歩いて帰るなんて無茶なのに、それくらい一緒にいたくないのだとしても俺は椿ちゃんが―
「いた…」
下を向いてとぼとぼ歩いてる。
声のかけ方が分からなくて、走ってすぐ横についた。相変わらず顔を見てくれない。
「忘れ物…」
綺麗にたたんだ千円札二枚を事務服のポケットに入れた。
「ご飯代だよ?」
「いらない。誘ったのは俺だし」
「…ご馳走様」
「こっちこそ、来てくれてありがとう」
言いたかった事、まずは一つ目。今日のお礼。
「別に、お礼なんか…」
ぼそぼそと独り言のように呟いて、椿ちゃんは歩く速度を速めた。
「送ってくよ」
「いい。歩く」
「危ないよ」
「平気」
「でも…」
引き止める為に掴んだ手は離せと言わんばかりに抵抗してくる。
「一人で帰るから!」
「じゃあ俺の顔見て言えよ!!」
初めて女の子に向かって怒鳴った理由は、悲しかったから。
君にとっては無茶なお願いで、単なる俺のワガママなのかもしれない。
でも最後なんだから顔くらい見せてよ…


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