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この向こうの君へ
【片思い 恋愛小説】

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ハナツバキB-2

助手席の椿ちゃんは落ち着かない様子で手帳を見たり何度も携帯をパカパカ開閉している。
「どうかした?」
「別に」
「そう?」
続かない会話。
こんな状態は初めて。
ダメ元で誘ったデート。こうして実現しただけでも良かったのかもしれない。
ほとんど無言のまま着いたのは地元のパスタ料理屋さん。
「珍しい、ちゃんとした店だ…」
椿ちゃんがそう言うほど、俺達はこの6年間おしゃれ系の店とは縁遠かった。居酒屋、定食屋にファーストフード、スーパーのお惣菜…。どうせ仕事の愚痴かくだらない話しかしないんだから気楽にくつろげる方がいいよねって。
でも、今日は特別。
「最後くらいね」
呟いて、背中をポンと押して店内に入った。
自分に対してのセリフだった。
この子とこうしていられるのは今日が最後。



言われた。
『最後』
押された背中がじんと熱を持つ。これも最後なのか。
案内されるまま2人用のテーブル席に向かい合わせに座った。
「辞めてどうするの?」
特に興味もないけど沈黙が気になって適当な質問をした。
さっきから手元ばかり見ている。
反らされるのが怖くて目が見られない。
「もっとでっかい所で働く。今給料安いし」
「ふぅん」
ほら、あたしなんか気にしてない。
あたしだったら給料安くても好きな人に会いたいもん。
「元々3年働いたら辞めようと思ってたのが6年続いたんだし、もういいかってのもあって」
「いーなー、辞めれて。あたしも辞めたいなー」
「寂しい?」
「全然」
「あ、そう」
いくら近くにいても本音は届かないね。
『寂しいよ』
『辞めないで』
そんなの、口に出さなきゃただの空想だ。
断れば良かった。
こんなにも素直になれないのなら、気まずくなるくらいなら、楽しい思い出だけ持って行ってもらえば良かった。
泣くのをこらえる為に眉間にシワを寄せて目に力を入れるとどうしてもしかめっ面になる。最後の時間なのに、ちくんの中に残るあたしの顔には可愛さのかけらもない。
来なきゃ良かった。
何度も同じ事を思ってはため息をついた。



椿ちゃんは機嫌が悪そうだ。ため息をついて下ばかり見てる。
やっぱり怒ってるんだろうか。来たくなかったのかな。金曜日の夜だから予定があったのかもしれない。誘って悪い事したな…。
大体送別会すら参加したくない子が俺と1対1で会いたいわけないじゃないか。
運ばれてくる料理を黙々と食べた。
もっと色んな話がしたかった。思い出話とか、いつもみたいな愚痴やくだらない世間話でもなんでもいいのに。
聞こえるのはため息だけ。
無理に誘ってごめん。どうしても2人になりたかったんだ。
来てくれてありがとう。


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